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2010/11/02

ラオの後日談

カンダヤおばさんからスカイプで電話が入った。
今から約30年前、マレーシアで世話になった下宿の大家さんだったインド人のおばさんだ。
(拙著『地球を渡る風の音』でも紹介)

10年ほど前にご主人を亡くされ、二人の息子はオーストラリアに移住してしまったが、70を越えた今も一人でマレーシアで暮らしている。30年前、マレー人を優先して中国人やインド人に対する待遇が厳しかったマレーシアで、インドから輸入した食料品を売る小さな街かどの雑貨店を営みながら、二人の息子をイギリスに留学させた。

その雑貨店にラジャというインド人の奉公人がいた。当時24歳ぐらいだったと思う。クアラルンプールのゲットーに住む貧しいインド人労働者の息子だった。早朝から夜遅くまで、雑貨店の雑用を手伝いながら、カンダヤ夫妻と寝食を共にし、家族同様の暮らしをしていた。小さい頃からいろいろな仕事を転々とし15歳くらいの頃にカンダヤ夫妻の店にやってきたという。カンダヤおばさんはそういうラジャに店番をしながら英語会話を教え、毎月の給料のほかに貯金を積み立て、数年後にラジャが自立した時にはその貯金を持たせてやった。

私が彼女の家に下宿をしていた頃、一人の痩せっぽちのインド人の少年がやはり雑貨店の手伝いをしにやってきた。ラオというその少年は、話に聞くと13才だったそうだが、痩せた体つきといい、無言の表情といい、どう見ても7歳くらいにしか見えない。貧しいゴム園労働者の子どもだったそうで、祖母との暮らしでは十分な栄養も与えられず、学校にも通えなかったものらしい。

ラオは、ラジャやカンダヤおばさんに見守られながら、雑貨店の雑用をしていたが、そんな体つきではほとんど仕事らしい仕事になっているようにも見えなかった。きっと、人づてに頼まれてカンダヤ夫妻が引き受けることになったのだろう。

そういうラオが、ある日突然姿を消した。カンダヤ夫妻とラジャとは騒然となり、いつもの日課を棚上げにして近所を探し回った。どうしても見つからないから、と夕刻には警察に捜査願いを届けることになった。そして翌日、ほっと安堵と幾分かの疲れを表情を顔に浮かべたカンダヤおばさんは、ラオがゴム園の祖母のところにひとりで帰っていたことが分かった、と教えてくれた。

「いったいあんな小さな、言葉もろくにしゃべらない子が、バスに乗って遠いゴム園までどうやって帰ったのだろう」というのが、その晩のカンダヤ夫妻やラジャたちの話題だった。

どうやら、雑貨店で働きながら、客が支払う小銭の一部をほんの少しずつ貯めていたものらしい。そうしてバス代がたまったところで、バスに乗って帰ってしまったのだ、、、

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私は、このラオという少年のことが忘れられなかった。同じような境遇からやってきて、英語を覚え、家族のように扱われ、やがて工場のメンテナンス職員として独立していったラジャとの対照があまりにも大きかったからだ。ほんの小さな判断の違いが、人生をこうも変えてしまう、ということに、なんとも言えない気持だった。だから、私はこの二人の少年のことをわざわざ『地球を渡る風の音』のエピソードとして紹介していたのだった。

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スカイプの発信音を鳴らして、突然電話をかけてきてくれたカンダヤおばさんが、ラジャやラジャの家族の近況などを話してくれるのを聞きながら、ふと思い出して、
「ねえ、ところで、覚えてる? 私がいた頃、ラオという少年がやってきたでしょ、後で突然いなくなってしまった、、、、、あの子その後どうなったのかしらね」
と尋ねてみた。

するとカンダヤおばさんは
「ああ、ナオコ、ラオを覚えていたの?よく覚えていたわね、、、。ラオはね、あれから何年かしてうちを訪ねてきたんだよ。突然うちの玄関をノックしてね、、、『おばちゃん、おばちゃんが正しかったよ、ぼくはあの時帰ってしまうべきじゃなかった、ってあとでよくわかったんだ』って、そういってきてね」

ええーっ、と思わず私は驚きの声を上げずにおれなかった、、、

ラオはその後成長してトラックの運転手になったのだそうだ。
カンダヤおばさんによれば
『ラオはちゃんと仕事をしているよ、、、3人の子どもたちもちゃんと学校に行っているよ、上の子は大学に行ったんだけど交通事故に会ってね、、不運なんだねラオは。でも、ラオよりも利口でしっかり者の奥さんがいるから大丈夫、、、』

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そういうカンダヤおばさんは、子どもたちが移住してひとり立ちした後は、雑貨店を閉めて、夫の年金と、自宅に置いている下宿人からの収入で生計を立ててきた。週に一度はヒンズー教の寺院に参り、週のうち2,3日は、大学病院のホスピスで末期がんの患者の話し相手になるというボランティアを続けている。毎年一度は子どもたちがオーストラリアに招いてくれ、必ず年に一度祖国インドに帰ってヒンズー教の寺院に参り、1,2週間孤児院の手伝いをして帰ってくる。

判を押したように規則正しい、無駄やぜいたくのない暮らしぶりは、きっとあの頃のままであるのに違いない。

そういう彼女の、決しておしつけがましくはないのに、自分自身を律した生き方が、周りの人々の心に何かを芽生えさせる。ラオのような少年の心まで、、、

2010/09/24

自由

あなたがあなたらしくしていられること、それが自由。

どの人もそれぞれ自分らしく生きることを保障されている社会、それが民主社会。

それを法に照らして守る努力をする、、、それが、官僚の仕事のはずなのだけれど。

2010/09/06

エリート形成をしてこなかった日本

研修で半年間オックスフォードに滞在している娘を訪ねて、数日イギリスを旅してきた。今から36年前、19歳の時に訪れて以来だ。

36年前に比べて、オックスフォードはすっかり様変わりしていた。外国人の留学生や観光客であふれかえっていることだ。70年代初頭には、外国人留学生といっても、多分、よほどのエリートか、かつてイギリスの植民地だった国々のリーダーたちくらいしかわざわざここまで来て勉強することはできなかったのではないか。しかし、英語が世界の共通語になり、国境を超えることも容易になった現在では、オックス・ブリッジは、ヨーロッパにおけるのエリート教育の、ひとつのメッカになっている。

現に、娘のように、自国で自分が通っている大学の単位と交換できるという好条件のために、気軽に外国の大学で単位を取るヨーロッパの学生は多い。自国とは異なる文化の異なる大学での経験が、複眼的に見る力を育てることは間違いない。欧州諸国の中でも特に、イギリスは、英語で留学できるので、外国人留学生の数が飛びぬけて多い。

オックスフォードやケンブリッジは、チューターと呼ばれる教官らが、少人数の学生と寝食を共にして、丁寧にエリートの養成にかかわるカレッジ制度で有名だ。

高校卒業資格を取るとどの大学にも入学できるオランダの制度とは異なり、イギリスでは、科目ごとにAレベルと呼ばれる資格を持っていなくてはならないほか、さらに、作文や面接に拠る選抜が入学の条件になっている。オックスフォードやケンブリッジは、中でも、有名エリート養成校として、むかしから、相当に厳しい関門がある。

専門書だけで16万冊以上の本を棚にそろえているという、有名なブラックウェルという名の本屋を訪れた。入口の近くに並べられていた新刊ベストセラーの中に、面白い本を見つけた。

「あなたは自分が利口だと思うか?」というタイトルのこの本は、実を言うと、オックスフォードとケンブリッジの入学志願者らが、面接で実際に教官たちから聞かれた「質問」を集めたものだ。タイトルの質問も、そのうちの一つ。

ぱらぱらとめくってみるとこんな質問があった。
「仮に地面に穴を掘って、地球の反対側まで掘り続け、反対側まで辿りつけたとしよう。反対側に穴が開いた瞬間に、すぐに反対向きに戻ってくるとしよう。いったい、何が起こるだろうか?」(工学部)
「毛沢東が今生きていて、現在の中国の経済政策を見たとしたら、一体何というだろうか?」(東洋思想)

こういう種類の、実に意地悪な質問が、一冊の本にズラリと並んでいるのだ。考えただけで、背中に冷や汗を浴びそうな質問ばかりだ。

おそらく、決まった答えがある、というよりも、面接を受ける志願生が、どれだけ論理的な思考力を持っているか、幅広い関心やありとあらゆる状況・条件を考慮する力があるか、また、自分の考えを適切に言葉で表現できるか、などを問おうとしているのであろう。独創性も問われているかもしれない。

オックスフォードやケンブリッジの大学のサイトを見てみると、各学科ごとに、どんな能力や適性が問われるのか、を一覧にして具体的に上げてある。それは、科目ごとに試験を受けてAレベルの成績をとったということだけではすまない、筆記試験では測ることのできない、実際に会ってみて議論や意見交換をして見なければ推量できない能力だ。
入学の条件になるのは、筆記試験と口頭面接だけではなく、趣味やスポーツ、社会活動への関心なども含まれる。もちろん、社会奉仕活動さえしていれば、それだけで「有利」というような単純なものではないはずだ。問われているのは、オールラウンドの能力、いずれ、人の上に立つ人間としての全人的な能力を持っているか、あるいは、その能力を引き出されるだけの、エリートとして潜在的な価値のある人間か、なのだ。

大学の入学試験は だから、「エリート」になるための最初の重要な関門だともいえる。
日本のように、中学、高校、大学と進学するたびに、筆記試験で知識の量を測られる入試制度とは少し趣が異なる。

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昔から、パブリックスクールと呼ばれる全寮制のエリート中等教育を出て、オックス・ブリッジのカレッジでエリート養成を受ける、というのは、イギリスのエリート教育の一つのパターンだった。
しかし当然、そういう高い教育費を払える家庭の子どもだけではなく、社会経済的に恵まれていなくても、優れた能力を持つ子どもたちには、国から奨学金が与えられる仕組みがある。

エリート教育は、国の行方を決める、さまざまの分野での指導者たちを育てるためのものだからだ。


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パブやカフェを訪れると、学生や若人らが、テーブルでビールのグラスなどを前に、何時間も真剣に政治議論を交わしたり、専門分野の議論に花を咲かせている。日本の町ではほとんど出くわすことのない風景だ。そこには、インド、バングラデシュ、南アフリカ、などといった国々からの、見るからに頭のよさそうな学生らもまじえた、真剣なまなざしと真剣な議論がある。
欧州の学生らも、単位互換制度や語学研修、サマースクールなどを利用して、始終出入りし、国際的な学術交流の経験を重ねている。


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そういう風景を目の前にして、ふと、インターネット上で日本の時事を見た時にふと垣間見える、何か、タイムスリップしてしまったような、世界からの懸隔、世界から置いてきぼりにされているような、はたまた、世界から目をつぶってしまったような日本を、いったいどう理解すればいいのだろう。

日本の教育は、エリートも一般市民も、どちらも育ててこなかったと思う。

日本の教育が育てているのは、多肢選択肢の試験で勝ち残ってきた、認知能力だけに著しく偏った、(有名)大学のパッシブでおとなしい学生たちと、授業についていけずに落ちこぼれるしか選択肢がなく、ひねくれて社会に背を向ける子どもや大人たちだけだ。

ヨーロッパの国々がエリート形成にかける真剣さを、日本人は、日本の指導者は、文科省の官吏らは、多分ほとんど実感として知らないのだろう。

相も変わらぬ一斉画一教育、入試で子どもたちをふるいにかけるだけの学歴社会は、エリートとなるだけの能力を潜在的に持って生まれてきた子どもたちの力を引き出していない。また、エリートにならない、今の制度ではふるいに掛けられて振り落されるだけの子どもたちに、生き生きと生きていけるすべを与えていない。


試験競争に勝ち残って有名大学に入ってきた学生たちは、やがて、地位の安定と高給だけを目指して、政治家となり、官僚となり、大企業に入って管理職への階段をのぼりはじめ、大新聞社や大出版社の従順な社員となる。彼らは、「エリート」として、国の発展のために尽くすことを、彼らの使命としてどれほど真剣にとらえているのだろう。「自分さえよければ」「自分の人生さえうまく終えることができれば」後にどんな社会が残ろうとも、頬被りをして済ますだけのエリートたちだ。

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本来、学校とは「科学」を学ぶ場だ。
「科学」とは、「問うこと」から始まる。自分が自分の経験を通して、自分の頭で考えた「問い」だ。「問い」に仮の答えを出してみるのが「仮説」であり、それを、誰の目にも明らかな方法で証明してみるのが「科学的な手続き」である。

だが、いったい、「卒業論文」という名の科学論文を、何割の学生が「問い」をたて「仮説」を立てて、科学的に証明したプロセスとして書いているだろうか。一体、何割の学生が、「私見」を交えずに、客観的な手続きを、客観的な記述と説明で論文に組み立てているだろうか。いったい、どれだけの学生が、先行研究の研究者に、払われるべき尊重の態度をもって、他者の論文の出典を明らかにして公正な引用をしているだろうか。筆記・口頭での議論を通して、立場の違い、証明の手続きの違いを明らかにするというプロセスを、どれくらい訓練されているだろうか。

FindingsとConclusionの違いを説明できる大学生が、いったい、日本の大学生の全数のうちに何割いるだろう。

そもそも、中等教育までの教育の中で、あるいは、遅くとも大学教育の中に、科学的な証明とは何か、科学的な論文とは何か、を学べるカリキュラムがどれほど組み込まれているのだろうか。大学教育に携わっている教員たちの、いったい何割が、国際的に通用する「科学」的な手続きをもって何かを証明しようとしているのか???? 単なる知識の切り貼りではなく、、

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大学が、科学を尊重して、あらゆる分野での先端の仕事にかかわるエリートを育てる場なのだとしたら、日本の大学は、大半が「大学」の名に値しない。

有名大学に入ってくるのは、他人を押しのけて、点数競争で勝ち残っただけの学生だけだ。二流といわれる大学では、中学の数学を教えたり、リクルート訓練をしたりしているという。

入試競争に勝ち残ってうまく有名大学に入学した学生たちが、卒業して、政治家、官僚、ジャーナリスト、会社の経営者、などなどの立場に着いた時、いったい、彼らに、社会を率いる、どんな力があるというのだろう。社会を率いるために必要な、リーダーシップやく人を説得し人の言葉に耳を傾けるというコミュニケーション能力、集団で協力して物事を進める力、物事の裏の面を見る力、批判的な思考、反対意見に耳を傾け、自分に反対する人を説得する力などなどの力を、彼らは、学校生活のどこで、いつ育てられているのだろう。社会を率いるどころか、自分の[社会的地位]「高給」が約束されることだけが、目的の人生を送る人が大半なのではないか。

いったい、だれが、そんなエリートを来る日も来る日も育ててきたのだろう、、、?

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どんな国にも、同じ程度の比率の人が、エリートとして、社会を引っ張るだけの(潜在的な)能力を持っていると思う。しかし、日本の場合、そういう能力を持ってうまれてきているはずの人たちのさまざまな力が、学校教育の場で十分に引き出されず、十分に育てられず、訓練されないまま、世の中に吐き出されているのではないか。

客観的で科学的な手続きを踏まえた知識や、正当な議論の力によってではなく、カリスマ的な人気が社会的影響力を持つための重要な要因となる今の日本は、おかしいし、危険だ。

有名大学の卒業者たちは、多分、それで満足なのだろう。なにしろ、この国は、有名大学を出れば、「桁はずれ」の高給と社会的地位が約束されるのだから。
しかし、そんな日本の大学の卒業生らの力は、今、世界からは取り残されつつある。そして、約束された高給や地位も、社会に未来がなくなれば、崩れさることは目に見えている。もしかすると、今の時代の動きの速さから行くと、「安心できる」はずの学歴も、何の確証にもならない日が目前に来ることだろう。世界中のエリートたちが、本当に全人的な、オールマイティの能力を、アメリカやヨーロッパの伝統あるエリート教育の場で訓練されつつあるのだから。

2010/08/25

若い人たちへ

あなたがまだ人生で何をしたらいいのかよくわからなくて悩んでいるのなら、世界を見に足を延ばしてほしい。世界には、あなたが想像もしたことのない人々の暮らしが、まだあちこちに残っているはずだから。

日本のように、スイッチを入れれば灯りがつき、蛇口をひねればきれいな飲料水が出、トイレには温かい便座と洗浄機がついていて、暑い日には冷房があり寒い日には暖房がある暮らしは、世界では当たり前ではないのだから。

そのかわり、世界の人々は、あなたに、きっと人間の力の限りなさを教えてくれるに違いない。
日本の暮らしが、世界の片隅の、ちっぽけな島国だけの物語であることに気づかせてもらえるに違いない。

だから、世界に足を延ばしてほしい。
テーマなど持っていなくていい。そんなものは、どうせぶち壊されるに違いないから。

でも、そういうあなたに、もうひとつお願いがある。
それは、あなたがたどり着いた国を理想化しないでほしい、ということだ。日本から逃げ出すために、家族や友人との生活に疲れたからと言って外国に行ってはいけない。
そして、できれば、一つの外国だけではなく、もう一つ、またもう一つと第3、第4の土地を訪れ、そこの人々の間に入って、暮らしのにおいをかぎ、人々の息遣いに触れてほしい。

あなたの知っている日本、あなたが新しく知った国、それぞれの国を離れるたびに、あなたの世界観は、立体的になって、それと同時に、自分自身の姿や力が見えてくるに違いないから。

日本を捨てるのではなくて、日本という島国の国境を意識しないでいられる世界人になってほしいのだ。

言葉なんて最初はできなくて構わない。言葉なんて、使わなければできないものだ。
でも、その土地に行ったら、ベストを尽くして、言葉を覚えるように努力してほしい。言葉は、それを使う人々にとって、歴史の遺産であり、宝物のように大切なものなのだから。そして、その国の言葉で書かれたものこそは、その社会のありとあらゆる情報の宝庫なのだ。

インターネットを開けば、どの国の事情もどの国の様子も見えてしまう今の時代。でも、臭いは嗅げない。人々が何を話し、何に喜び、何に悲しんでいるかは感じられない。その土地の温度はわからない。風の強さも分からない。

だから、そこに実際に身体を動かしていって、自分の五感で感じてほしい。

不幸感や閉塞感の強い日本から脱走するためではなく、日本に生まれたことが、自分にとってどんな意味を持っているのかを、眼を覆わずに自覚するために。

2010/08/20

なぜ変わらない日本の教育、、、取り返しのつかないこと

来月ユトレヒト大学で講演をすることになっている。市民性教育の専門家たちの企画で、「子育てとその文化的背景」というわけで、ヨーロッパ以外の国々での子育て事情を、その歴史的な背景に照らして問い直してみる、というシリーズ講演の一環だ。

孤独感が極端に大きい日本の子どもたち、それを裏書きするように、不登校の数、自殺率、ひきこもり、いじめ、そして、最近では、ひとりでいるところを食堂で見られたくないからとトイレで食事をする学生までいるというからあきれたものだ。

経済不況で、社会そのものに閉塞感がある、というのは、一つの大きな背景ではある。しかし、日本よりも厳しい経済状態にある国はまだまだ多い。それなのに、大人だけではなく、子どもたちにこんなにも閉塞感が強いのはなぜなのか。直接的には、学校や家庭など、子育て環境にさまざまの問題があることは明らかだ。

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それにしても、今回の講演、頭が痛い。
「そんなにひどいことになっているのに、なぜ制度が変わらないの?」
という問いに、答えを出せ、というようなものであるわけだから、、、、

普通に、民主制度が機能している国なら、こんな状態になるまで放っておくことはないはずだ。

早い話が、「民主社会が作れなかったのです、官僚支配の学校制度のおかげで」という話を、納得できるように伝えなくてはいけないわけなのだけれども、、、。

日本人ですら納得できない日本の教育の現状、どうやって、オランダ人たちに納得させることができるだろう、、、、と頭を悩ましている。

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元来、民主主義を基盤とした近代社会の教育とは、子どもたちを、「批判的にものを考え」「意欲的に参加する」市民として世の中に送り出すことを目的としているものだ。しかし、日本の学校教育は、できるだけ「批判」を避け、あまり元気に「参加」しない人間を作ることばかりに向けられてきた。

そんな日本の学校が、世界に出て、他国の若者たちと共に「議論できない」、他人から反対意見を言われると、しょんぼりして拒絶されたような気分になる人間ばかりを作ってきた。議論もせず、反対意見を言われたときに、自分の主張を曲げずに相手を説得しようという態度に出ることのできない日本人を、西洋の人たちは、理解できない。どう相手にしたらいいのかわからない。だから、いつか看過していくことになる、、、

中国では、この夏、こぞって英語その他の外国語コースが熱狂的に流行したのだそうだ。

日本にも、かつて、高度成長目覚ましい時代があった。あの時、やっておけばよかったこと、今となっては取り返しのつかないことがあまりにも多い。

2010/08/13

中立より多元主義  ~マスコミを考える~

 NHKの政治解説者の自殺をめぐって、ネット上では、相も変わらず、根拠のない「憶測」が飛び交っている。〈中立〉を旨とする公共放送団体で起きた事件が、こうした「憶測」によって、噂を広げ、世論に影響を及ぼし、都市伝説に変えられていくことが恐ろしい。そして、そうなることを承知で、無記名による、乱暴な、罵りが、警察の発表も、報道をも無視して、先取りして人々の耳に刷り込まれていく社会も不気味だ。

 マスコミのジャーナリストたちの「良心」「良識」を問う前に、無記名の言論に左右されない、情報を正しく取捨選択できることも確かに必要であるのかもしれない。そういう議論は、メディアリテラシーとして、結構よく聞かれる。

 だが、私自身は、マスコミや公共組織に求められる〈中立〉とは一体何なのか、ということを問うてみたい。

 そもそも、ある人や組織が、まったく政治的に〈中立〉であることが果たして可能であるのだろうか?

 マスコミの「偏向」を安易に批判する人たちは多い。しかし、この人たちは、「中立」などという立場で人や組織がものを言える、ということを本当に信じているのだろうか。批判しているその人たちが、批判されているマスコミを「偏向」と呼ぶ、そのことが、すでに、その人たちの立場の表明であり、「中立」とは程遠いのものなのではないのか。

 オランダの公共放送は、政治的にも、宗教(倫理)観おいても、それぞれ立場の異なるNPO団体が、それぞれの会員数の規模に従って、一定の時間枠を得て、その中で、自由に意見や立場を表明できる。

 どの番組一つをとっても、何らかの立場、何らかの「偏向」の中で報道が行われていることを、はじめから前提としている、と言い換えてもいい。

 肝心なのは、誰ひとりとして、排除されないことだ。マイノリティ集団であっても、公共のメディアを通して、声をあげ、その声を、他の人々に「聞かれる」権利が守られている。

 では〈中立〉とは何なのか。
 〈公共〉とは何なのか。

 それは、中立や公共という名の下で、一つの価値観を普遍化させることではない。
「中立」と「公共」は、法と制度の問題だ。誰もが、同じように声を挙げ、誰もが人間として同じ価値を認められて意見を聞かれること、それを保障するのが、中立的な『公』の立場にある、「公」務員と「公共組織」
がやるべきことだ。何度も繰り返すようだが、〈中立〉な意見、〈公共〉の立場、など、あり得ないものなのだ。「公」は、国民すべてのために「平等」を守ることに徹すればそれでよい。法によって示された、人としての権利を、すべての人に「平等」に守ること、そのために機能していれば、それ以上のことをしてくれなくてよい。してはいけない。

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 社民主義のヨーロッパといえども、イタリアでは、ベルロスコーニがマスメディアを掌握しているといわれた。マフィアとのつながりも取りざたされた。そんな中で、この数年、命を賭してマフィア批判の映画を作る動き、シシリア等の商店街がマフィアボイコット運動を起こす動きなどがしばしばイタリアから聞こえてくる。国外には、そういうイタリア市民の動きを報道するメディアがある。ヨーロッパ連合は、マフィアを初め、暴力団体の社会からの一掃を目標に掲げている。

 日本のマスメディアの零落ぶりは目に余る。経済不況が拍車をかけ、儲けのないもの、金銭的に損になるものには手を出さなくなってしまったようにも映る。それどころか、カネになるなら、ジャーナリズムの使命などどうでもよいのか、と思えるような報道すらある。日本のマスメディアに、常に脅しをかけてきたのも暴力団体だ。

 そんな日本の新聞やテレビは、もはや、世界各地でどんな災害が起こりどれだけの人命が失われているのかということや、IMFやOECDが次々に発表している、世界各国の経済状況などのニュースは、とんと伝える気がなくなっているようだ。来る日も来る日もニュースのテーマに上がってくるのは、殺人・自殺・暴行事件ばかり。一億人を恐怖に駆り立て、一億人を悲観に追い立てる報道に、いったい何の意味があるのだろう。

 オランダならば、こどもニュースで小学生でも知っている世界の災害と被災地の様子、中学生が加わって議論する経済政策の話し、死刑や刑罰をめぐる議論。日本の若者たちは、言葉ができないから議論に加われないのではない。知っておくべき情報を知らされていないから、議論の基盤がないのだ。

 それだというのに、暢気に構えた知識人らは、「いや、ネットがあるから大丈夫」とでも言わんばかりだ。そのネット上で、無記名で人を罵倒したり、独善的な言質をばらまいたり、既存メディアには報道できないだろう、とばかり、根拠のない情報を垂れ流していても、だ。

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 問題は、何が「中立」か、ではない。
 問題は、誰でも、一人ひとり、平等に声を聞かれる公共メディアがあるかどうか、なのだ。

 私たちが、求めるべきは、ありもしない〈中立〉ではなく、マジョリティもマイノリティも、同じ土俵で語り合える「多元主義」の社会だ。マジョリティにもマイノリティにも、何が重要で何が社会で議論されるべきかについては、優先順位があるはずだ。それぞれの価値観が認められていてこそ、民主主義は健全に機能していく。

 日本という国が、本当に新しい「公共」を確立させたいのなら、まず取り組むべきは、マスメディアの、公共資金源を確保し、メディア関係者の法外な給与慣行をやめ、暴力団による圧力から守って、マイノリティにも、マジョリティと同様に平等に開かれた機会を与えることだ。

2010/07/29

施策を国民がチェックできない偽装『民主』国家

 千葉法務大臣の死刑執行のニュースが、いまだに、喉元に引っかかったまま消化できないでいる。

 死刑廃止論者として、国外にまで名が知られていた千葉法相が、自分一人で判断して下した結果だったとは到底思えないからだ。
 だとしたら、本当に決定権を握っているのは、いったい誰なのだろう?
 考えられるのは、法務省の上層官僚だけだ。
 有権者による、民主的な手続きを通して選ばれたわけでもない、官僚たちには、いったい、どれだけの「政治的権力」があるのだろう、と空恐ろしく感じるのが、今回のニュースだ。

 官僚とは、人権保護を市場の原理とする西洋の民主制度においては、まさに「公僕」そのものの役割を果たすことを期待される。
「公僕」とは、人に仕え、人のために働く僕である、ということだ。
そして、そのために「法」がある。人々に「公表された」法律、国会という、人々が「選んだ」代表者によって立法された法律を順守しして、それに基づいて、人々の人権を守ることを旨として働くのが本来の「公僕としての官僚らの役割だ。

 死刑問題は非常にセンシティブな問題である。

 ヨーロッパ連合は、死刑制度を維持している国の参加を認めていない。後発の開発途上国家、非西洋の国々の中にも、死刑制度を廃止する国は増えてきている。

 無期懲役は、すでに、それだけで、自由を奪っているわけで、人権の大半を奪われた状態で生きることを意味している。しかも、人が裁く裁判に、100%間違いがないとは言い切れない。死刑は、刑を執行してしまったら取り返しがつかないことになるという意味でも、慎重さが問われる。犯罪の被害者の痛みは、その犯罪を犯した人を「殺せば」済む、というものではないはずだ。

 怖いのは、そういう議論がいくら社会一般の人々の間で繰り返されていても、顔も見えず、資格も明らかでなく、責任は大臣になすりつけて済ますことのできる官僚たちの判断が、何の法的な根拠もなく実行されているのではないのか、ということだ。

 そうでなかったことを祈りたい。だが、そうでなかったのなら、死刑を下した責任は、千葉法相にあくまでも残る。いったい何があったのか、日本国民には明示される日が来るのだろうか。千葉さんは、自分が、大臣という地位にありながら、これまで、国際的に明示してきた自分の立場に反して判断を下したことを、これから、どう自分自身の中で処理していくつもりなのだろう?

 日本で起こっている、人の命にかかわる事件が、こうして、いったいだれの責任なのかわからないままに、ニュースにのぼり、いつかまた忘れ去られていく、、、、。有権者はその恐ろしさをどこにも感じていないのだろうか。

 同じく、官僚が作り、官僚が管理してきた日本の学校の中で、私たちは、歴史的事実を批判的に検証することも、日々、国内外から登ってくるニュースを取り上げて議論することも、皆、「政治化する」「変更教育」という名で、禁じられてきた。それが、日本中の大人と子どもを、「批判しない」「考えない」大衆に育ててきた。ジャーナリストは、記者クラブで、官僚の報告を書き取り右から左に報告するだけ、教員は、教科書に書かれていることをマニュアル通りに一斉授業するだけ、、、、、

 日本人の不幸と自殺とひきこもりの原因は、こういう社会の中で、自由も自立も参加も奪われていることだ。それは、「奴隷」「大衆」「独善」しかない、人間として、情けないほどに恥ずべき、牛馬のような扱いの社会だ。



 

2010/07/28

哀しみの祖国

 有権者が政権を替えた、というあの高揚感からわずか10カ月余り。7月11日の参院選の結果は、あまりにも醜い。

 日本の経済不況と社会不安に対して無策のままに、政治家としての既得権だけを維持しようとしていた自民党に対する有権者の「ノー」が民主党政権の実現を生んだ、と思っていた。民主党の党内の派閥分裂や、対米外交の難しさが、新政権の足枷になっていたとはいえ、まさか、こんなに短期間で、票が自民党に戻っていくとは思ってもいなかった。マニフェスト不履行、カネまみれは、自民党のお家芸だったではないか、、、、

 低い投票率は、政治と政治家に対する有権者のボイコットなのだろう。それは、等の違いにはかかわらないものだ。今ほど、日本の未来、とりわけ、世界の中で日本が立ち上がり、一人前にふるまえるようになるかの瀬戸際の時期に、有権者がほとんど自国の政治に関心を持っていない、持っていても、自国の政治に反映できるという期待がないという事実は、諸外国から見て、先進国日本としては、到底「理解を超える」ものだし、当の日本人にとって、これくらい閉塞感の強いものはないだろう。

 そして、今日のニュースは、就任時には、死刑反対論者として世界的にも注目されていた千葉法相が、あっけなくも、二人の死刑囚の刑執行に立ち会ったという。
 何か裏があるのではないか。しかし、裏があったとしても、彼女には、無死刑制度が加入条件の欧州連合や、その他アジアアフリカラテンアメリカなどに増え続ける死刑廃止など国際的な議論を梃子に使う力と立場があったはずだ。

 昨夏の政権交代以来、「ああ、やっと日本に静かなる革命が到来してきている」と思っていた。やっと、市民が主権を握る成熟社会への突破口ができた、と思っていた。しかし、それが、根拠のない幻想であったことが次第に分かってきた。

 どこから手をつけたものか、、、、

 誰に頼まれたわけでもない。しかし、諸外国を見てしまった私には、課せられている宿題があるような気がして、、、、その宿題を果たさなくては、責任逃れをしているような気がしてならない。