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2011/07/08

合格発表の仕方から、ふと随想

 今年は10月末まで半年フランスに滞在中。とはいっても、日本に行ったりオランダに帰ったりとバタバタ落ち着かないが、、、

フランスで生活してみると、あれやこれやで、オランダとの違いが目につき面白い。

どちらもヨーロッパの民主主義国ではあるのだが、どっちが日本に似ているかというと、圧倒的にフランスの方だ。

先週、「バック」と略称される、高校卒業資格(バカロレア)試験の発表があった。合格率は75%程度だというから、受験者の4人に1人が不合格、かなり厳しい試験だ。オランダでも、同じような高校卒業資格があり、こちらはディプロマと呼ばれているが、バックもディプロマも、大学入学資格となる重要なものだ。これがあれば、どこの大学にも入学できるわけで、大学教育を受けて専門家や指導者としてのキャリアをすすむ道が開かれた、ということになる。

バックのニュースを見ていて、オランダとずいぶん違うな、と思ったのは、合格発表の仕方だった。バックの試験を受験した子供たちは、発表の日、自分の学校に行って、大きく張り出された合格者名簿の中から自分の名前を探す。つまり、日本の大学入学試験の発表と同じだ。発表当日、学校では、自分の名前を見つけて歓喜の声を上げるものと、不合格で落胆するものとの悲喜こもごもの姿が、親も一緒にやってきた発表会場の雑踏の混沌となって見られる。

ふと、数年前に我が家の子どもたちがディプロマのための全国統一試験結果を受け取った時のことを思い出した。
オランダでは、合格発表は、各学校(高校)に送られてきて、それから、担任の先生に伝えられ、担任の先生が、クラスの子どもたち一人一人に電話をかけて合否を伝える。だから、子どもたちは、合格発表の日は、朝からそわそわしながら、いつ電話がかかってくるか、と待っていることとなる。ほかのこの結果がどうなったかは、親しい友人たちがお互いに連絡しあって初めて知る、という格好だ。もちろん、こういう時の風のうわさの伝わり方は素早いことは素早い。

そういえば、オランダでは、学校の試験成績も、壁に貼り出して公表するということがない。試験の総合結果が最高得点で、学年で1番だった、というような話も聞いたことがない。子どもたちも、高校に通っている間、学年で何番だったというようなことを聞かされたことは一度もない。
唯一あるのは、卒業式の時に、すべての学科の平均点が、10点満点中8点以上だった子どもたちが集められて、「クムラウデ」(最優秀性)として表彰されることだ。
競争しなくても、できる子どもはよい成績を収めるものだ。そして、それは、1番になるということではなく、ある基準に従って、一定の高いレベルへの到達をどの教科でも果たした、という意味だ。

―――

こういうオランダのやり方は、やはり、子どもたちの、人間としての人格を尊重していると思う。子どもを大人の基準でドッグレースのように競争させるのではなく、また、合否を公表して、子どもたちの間に、これみよがしに明暗のカーテンを引くこともない。それは、学習というものが、他の誰のための者でもなく子ども自身のためのものだ、ということに徹した考え方から来ているものでもあると思う。他人との比較で、負けたくない、という気持ちをてこに勉強させるのではなく、自分の発達のために勉強するという考え方だ。

ただ、60年代終わりから徐々に徹してきたこういうオランダ社会の、子どもの発達観というものは、その陰で「6点文化」を生んできたことも事実だ。
「6点文化」(ゼッセンクルチュール)とは、各科目の合格ボーダーである10点満点中6点を取れば、あとは必死になって勉強しなくてもいい、というもので、そのおかげで、子どもたちが、自分の能力を最大限に伸ばす努力をしなくなってしまう、というものだ。確かに、どの教科もいつも6点クリアし、卒業試験でも全教科6点を達成すれば、大学には入れる。子どもは馬鹿じゃない。6点でいいよ、と言われて、しゃにむに頑張ってそれ以上の力を発揮しよう、という無駄はやらない。だが、そのおかげで、力を持っている子供ががんばらなくなる、という憂慮が確かにある。
それは、特に、グロバリゼーションのおかげで、ヨーロッパの労働力の強みが、ますます狭まり、高学歴・高い科学性や専門性に集約されてきた中で、問題になっていることだ。2000年ごろから特に、
「子どもたちが安易な学科ばかりを選ぶ。数学や物理、技術など、難しい理論の学科に行きたがる子供が少なくなった。そういう学科で先端の研究をしているのは、オランダ人の子ではなく、外国からの留学生たちだ」
というような話も聞かれるようになった。

個性尊重、子どもの人格村長は、確かに、そういう裏の面を持っている。

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だが再び、「しかし」と思う。それは、私自身が、フランスと同じように、合格発表といえば掲示板で公表、中学から高校までは、試験のたびに上位者が発表されるという学校で育ってきたからだろうと思うのだが、、、そういう、人間の子どもを牛か馬にブランドの刻印を押すようにして育てるシステムの中で育ってきたものの目から言うと、やはり、オランダのように、人間を大切にしてくれるシステムがうらやましい。

他人から、しかも、「点数」や「順位」で評価されるというのが、私は大嫌いだった。

ある場面では、高い点数を取ったり『高位』につくことは、それほど努力せずにできることもあった。そういう時はなおさら、何か、高い下駄をはかされて歩かされているというだけで、いつ下駄から転げ落ちるかもしれないのに、という不安があった。点数がよくても、順位が高くても、それだけでは、自分というものがいつまでも見えず、何をしたらいいのかわからない、という内心の不安をどこに向けようもなかった。

オランダの子どもたちは、点数評価や順位付けはされない代わり、そうではないもっと質的な評価を受け、子ども同士の相互評価や対話を通して、自分がなんであるのか、自分には何ができるのか、ということを考える機会が多いように思う。成績だけがすべてではないので、子どもと子供の間に協力したり、共生するチャンスは多い。一緒にプロジェクトで頑張れば、一緒によい成績をもらうことができる。

確かに、うちの息子は、「6点文化」の典型で、一旦合格レベルに達したと思ったら、後は、ほかのことばかりしていた。陸上クラブで走ったり、友達とポップコンサートに出かけたり、修学旅行で言った街の建造物の模型を作ったり、卒業プロジェクトで氷点下5度の中、天体望遠鏡で木星観測をしたり、、、、。それらはどれも、自主選択の者であるし、学科の勉強のように合否が正確に点数で決められるようなものではないが、そういう勉強や活動なら、自分の最大限の力を発揮して、自分で納得のいくものを生もうと夜中まで頑張っていたりした。ある種の「完全主義」がそこで力を発揮していたのだ。

私は、点数評価や順位づけによる競争による教育は、子どもたちが、こういう質的な活動に取り組む時に「完全主義」に徹して、何かをやり遂げるとか、質の高いものを生み出すとか、ユニークなものを生み出すというような経験を奪ってしまうのではないか、と感じている。

そして、そういう訓練をしながらある職業を見つけるという機会は、実は、10代の終わりから20代の初めにしかチャンスがないのだ。

子どもたちが最大限の力を発揮する可能性を奪っているのは、競争教育なのか、それとも、「6点文化」「甘ったるい」といわれる個性尊重の共生教育なのか、いったいどっちなのだろう?

2010/09/06

エリート形成をしてこなかった日本

研修で半年間オックスフォードに滞在している娘を訪ねて、数日イギリスを旅してきた。今から36年前、19歳の時に訪れて以来だ。

36年前に比べて、オックスフォードはすっかり様変わりしていた。外国人の留学生や観光客であふれかえっていることだ。70年代初頭には、外国人留学生といっても、多分、よほどのエリートか、かつてイギリスの植民地だった国々のリーダーたちくらいしかわざわざここまで来て勉強することはできなかったのではないか。しかし、英語が世界の共通語になり、国境を超えることも容易になった現在では、オックス・ブリッジは、ヨーロッパにおけるのエリート教育の、ひとつのメッカになっている。

現に、娘のように、自国で自分が通っている大学の単位と交換できるという好条件のために、気軽に外国の大学で単位を取るヨーロッパの学生は多い。自国とは異なる文化の異なる大学での経験が、複眼的に見る力を育てることは間違いない。欧州諸国の中でも特に、イギリスは、英語で留学できるので、外国人留学生の数が飛びぬけて多い。

オックスフォードやケンブリッジは、チューターと呼ばれる教官らが、少人数の学生と寝食を共にして、丁寧にエリートの養成にかかわるカレッジ制度で有名だ。

高校卒業資格を取るとどの大学にも入学できるオランダの制度とは異なり、イギリスでは、科目ごとにAレベルと呼ばれる資格を持っていなくてはならないほか、さらに、作文や面接に拠る選抜が入学の条件になっている。オックスフォードやケンブリッジは、中でも、有名エリート養成校として、むかしから、相当に厳しい関門がある。

専門書だけで16万冊以上の本を棚にそろえているという、有名なブラックウェルという名の本屋を訪れた。入口の近くに並べられていた新刊ベストセラーの中に、面白い本を見つけた。

「あなたは自分が利口だと思うか?」というタイトルのこの本は、実を言うと、オックスフォードとケンブリッジの入学志願者らが、面接で実際に教官たちから聞かれた「質問」を集めたものだ。タイトルの質問も、そのうちの一つ。

ぱらぱらとめくってみるとこんな質問があった。
「仮に地面に穴を掘って、地球の反対側まで掘り続け、反対側まで辿りつけたとしよう。反対側に穴が開いた瞬間に、すぐに反対向きに戻ってくるとしよう。いったい、何が起こるだろうか?」(工学部)
「毛沢東が今生きていて、現在の中国の経済政策を見たとしたら、一体何というだろうか?」(東洋思想)

こういう種類の、実に意地悪な質問が、一冊の本にズラリと並んでいるのだ。考えただけで、背中に冷や汗を浴びそうな質問ばかりだ。

おそらく、決まった答えがある、というよりも、面接を受ける志願生が、どれだけ論理的な思考力を持っているか、幅広い関心やありとあらゆる状況・条件を考慮する力があるか、また、自分の考えを適切に言葉で表現できるか、などを問おうとしているのであろう。独創性も問われているかもしれない。

オックスフォードやケンブリッジの大学のサイトを見てみると、各学科ごとに、どんな能力や適性が問われるのか、を一覧にして具体的に上げてある。それは、科目ごとに試験を受けてAレベルの成績をとったということだけではすまない、筆記試験では測ることのできない、実際に会ってみて議論や意見交換をして見なければ推量できない能力だ。
入学の条件になるのは、筆記試験と口頭面接だけではなく、趣味やスポーツ、社会活動への関心なども含まれる。もちろん、社会奉仕活動さえしていれば、それだけで「有利」というような単純なものではないはずだ。問われているのは、オールラウンドの能力、いずれ、人の上に立つ人間としての全人的な能力を持っているか、あるいは、その能力を引き出されるだけの、エリートとして潜在的な価値のある人間か、なのだ。

大学の入学試験は だから、「エリート」になるための最初の重要な関門だともいえる。
日本のように、中学、高校、大学と進学するたびに、筆記試験で知識の量を測られる入試制度とは少し趣が異なる。

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昔から、パブリックスクールと呼ばれる全寮制のエリート中等教育を出て、オックス・ブリッジのカレッジでエリート養成を受ける、というのは、イギリスのエリート教育の一つのパターンだった。
しかし当然、そういう高い教育費を払える家庭の子どもだけではなく、社会経済的に恵まれていなくても、優れた能力を持つ子どもたちには、国から奨学金が与えられる仕組みがある。

エリート教育は、国の行方を決める、さまざまの分野での指導者たちを育てるためのものだからだ。


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パブやカフェを訪れると、学生や若人らが、テーブルでビールのグラスなどを前に、何時間も真剣に政治議論を交わしたり、専門分野の議論に花を咲かせている。日本の町ではほとんど出くわすことのない風景だ。そこには、インド、バングラデシュ、南アフリカ、などといった国々からの、見るからに頭のよさそうな学生らもまじえた、真剣なまなざしと真剣な議論がある。
欧州の学生らも、単位互換制度や語学研修、サマースクールなどを利用して、始終出入りし、国際的な学術交流の経験を重ねている。


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そういう風景を目の前にして、ふと、インターネット上で日本の時事を見た時にふと垣間見える、何か、タイムスリップしてしまったような、世界からの懸隔、世界から置いてきぼりにされているような、はたまた、世界から目をつぶってしまったような日本を、いったいどう理解すればいいのだろう。

日本の教育は、エリートも一般市民も、どちらも育ててこなかったと思う。

日本の教育が育てているのは、多肢選択肢の試験で勝ち残ってきた、認知能力だけに著しく偏った、(有名)大学のパッシブでおとなしい学生たちと、授業についていけずに落ちこぼれるしか選択肢がなく、ひねくれて社会に背を向ける子どもや大人たちだけだ。

ヨーロッパの国々がエリート形成にかける真剣さを、日本人は、日本の指導者は、文科省の官吏らは、多分ほとんど実感として知らないのだろう。

相も変わらぬ一斉画一教育、入試で子どもたちをふるいにかけるだけの学歴社会は、エリートとなるだけの能力を潜在的に持って生まれてきた子どもたちの力を引き出していない。また、エリートにならない、今の制度ではふるいに掛けられて振り落されるだけの子どもたちに、生き生きと生きていけるすべを与えていない。


試験競争に勝ち残って有名大学に入ってきた学生たちは、やがて、地位の安定と高給だけを目指して、政治家となり、官僚となり、大企業に入って管理職への階段をのぼりはじめ、大新聞社や大出版社の従順な社員となる。彼らは、「エリート」として、国の発展のために尽くすことを、彼らの使命としてどれほど真剣にとらえているのだろう。「自分さえよければ」「自分の人生さえうまく終えることができれば」後にどんな社会が残ろうとも、頬被りをして済ますだけのエリートたちだ。

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本来、学校とは「科学」を学ぶ場だ。
「科学」とは、「問うこと」から始まる。自分が自分の経験を通して、自分の頭で考えた「問い」だ。「問い」に仮の答えを出してみるのが「仮説」であり、それを、誰の目にも明らかな方法で証明してみるのが「科学的な手続き」である。

だが、いったい、「卒業論文」という名の科学論文を、何割の学生が「問い」をたて「仮説」を立てて、科学的に証明したプロセスとして書いているだろうか。一体、何割の学生が、「私見」を交えずに、客観的な手続きを、客観的な記述と説明で論文に組み立てているだろうか。いったい、どれだけの学生が、先行研究の研究者に、払われるべき尊重の態度をもって、他者の論文の出典を明らかにして公正な引用をしているだろうか。筆記・口頭での議論を通して、立場の違い、証明の手続きの違いを明らかにするというプロセスを、どれくらい訓練されているだろうか。

FindingsとConclusionの違いを説明できる大学生が、いったい、日本の大学生の全数のうちに何割いるだろう。

そもそも、中等教育までの教育の中で、あるいは、遅くとも大学教育の中に、科学的な証明とは何か、科学的な論文とは何か、を学べるカリキュラムがどれほど組み込まれているのだろうか。大学教育に携わっている教員たちの、いったい何割が、国際的に通用する「科学」的な手続きをもって何かを証明しようとしているのか???? 単なる知識の切り貼りではなく、、

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大学が、科学を尊重して、あらゆる分野での先端の仕事にかかわるエリートを育てる場なのだとしたら、日本の大学は、大半が「大学」の名に値しない。

有名大学に入ってくるのは、他人を押しのけて、点数競争で勝ち残っただけの学生だけだ。二流といわれる大学では、中学の数学を教えたり、リクルート訓練をしたりしているという。

入試競争に勝ち残ってうまく有名大学に入学した学生たちが、卒業して、政治家、官僚、ジャーナリスト、会社の経営者、などなどの立場に着いた時、いったい、彼らに、社会を率いる、どんな力があるというのだろう。社会を率いるために必要な、リーダーシップやく人を説得し人の言葉に耳を傾けるというコミュニケーション能力、集団で協力して物事を進める力、物事の裏の面を見る力、批判的な思考、反対意見に耳を傾け、自分に反対する人を説得する力などなどの力を、彼らは、学校生活のどこで、いつ育てられているのだろう。社会を率いるどころか、自分の[社会的地位]「高給」が約束されることだけが、目的の人生を送る人が大半なのではないか。

いったい、だれが、そんなエリートを来る日も来る日も育ててきたのだろう、、、?

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どんな国にも、同じ程度の比率の人が、エリートとして、社会を引っ張るだけの(潜在的な)能力を持っていると思う。しかし、日本の場合、そういう能力を持ってうまれてきているはずの人たちのさまざまな力が、学校教育の場で十分に引き出されず、十分に育てられず、訓練されないまま、世の中に吐き出されているのではないか。

客観的で科学的な手続きを踏まえた知識や、正当な議論の力によってではなく、カリスマ的な人気が社会的影響力を持つための重要な要因となる今の日本は、おかしいし、危険だ。

有名大学の卒業者たちは、多分、それで満足なのだろう。なにしろ、この国は、有名大学を出れば、「桁はずれ」の高給と社会的地位が約束されるのだから。
しかし、そんな日本の大学の卒業生らの力は、今、世界からは取り残されつつある。そして、約束された高給や地位も、社会に未来がなくなれば、崩れさることは目に見えている。もしかすると、今の時代の動きの速さから行くと、「安心できる」はずの学歴も、何の確証にもならない日が目前に来ることだろう。世界中のエリートたちが、本当に全人的な、オールマイティの能力を、アメリカやヨーロッパの伝統あるエリート教育の場で訓練されつつあるのだから。

2010/08/20

なぜ変わらない日本の教育、、、取り返しのつかないこと

来月ユトレヒト大学で講演をすることになっている。市民性教育の専門家たちの企画で、「子育てとその文化的背景」というわけで、ヨーロッパ以外の国々での子育て事情を、その歴史的な背景に照らして問い直してみる、というシリーズ講演の一環だ。

孤独感が極端に大きい日本の子どもたち、それを裏書きするように、不登校の数、自殺率、ひきこもり、いじめ、そして、最近では、ひとりでいるところを食堂で見られたくないからとトイレで食事をする学生までいるというからあきれたものだ。

経済不況で、社会そのものに閉塞感がある、というのは、一つの大きな背景ではある。しかし、日本よりも厳しい経済状態にある国はまだまだ多い。それなのに、大人だけではなく、子どもたちにこんなにも閉塞感が強いのはなぜなのか。直接的には、学校や家庭など、子育て環境にさまざまの問題があることは明らかだ。

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それにしても、今回の講演、頭が痛い。
「そんなにひどいことになっているのに、なぜ制度が変わらないの?」
という問いに、答えを出せ、というようなものであるわけだから、、、、

普通に、民主制度が機能している国なら、こんな状態になるまで放っておくことはないはずだ。

早い話が、「民主社会が作れなかったのです、官僚支配の学校制度のおかげで」という話を、納得できるように伝えなくてはいけないわけなのだけれども、、、。

日本人ですら納得できない日本の教育の現状、どうやって、オランダ人たちに納得させることができるだろう、、、、と頭を悩ましている。

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元来、民主主義を基盤とした近代社会の教育とは、子どもたちを、「批判的にものを考え」「意欲的に参加する」市民として世の中に送り出すことを目的としているものだ。しかし、日本の学校教育は、できるだけ「批判」を避け、あまり元気に「参加」しない人間を作ることばかりに向けられてきた。

そんな日本の学校が、世界に出て、他国の若者たちと共に「議論できない」、他人から反対意見を言われると、しょんぼりして拒絶されたような気分になる人間ばかりを作ってきた。議論もせず、反対意見を言われたときに、自分の主張を曲げずに相手を説得しようという態度に出ることのできない日本人を、西洋の人たちは、理解できない。どう相手にしたらいいのかわからない。だから、いつか看過していくことになる、、、

中国では、この夏、こぞって英語その他の外国語コースが熱狂的に流行したのだそうだ。

日本にも、かつて、高度成長目覚ましい時代があった。あの時、やっておけばよかったこと、今となっては取り返しのつかないことがあまりにも多い。

2009/03/26

ペーターセンとフロイデンタール:生き様という教育  

 世相が悪くなると優れた教育者が出てくる。「教育」は未来だからだ。

 世の中が乱れ、未来社会の行方が描けなくなるとき、人は、理想の未来を生み出そうとする。そして、理想の未来とは、今育っている子どもたちのために、理想社会を学校の中に体現することによって、かならず一歩近づいてくるものだ。そして、それは、子供に対してというより、大人が、自分自身、真実に従って生きるということであるのだと思う。


 イエナプラン教育の生みの親ペーター・ペーターセンは、二つの大戦の間のドイツ、経済不況で人心が腐敗し、政治家も軍隊も規律とモラルが荒みきっていた時代に、民主的な社会の理想を掲げ、異年齢学級を基盤とした自立と共同の涵養を何よりも追求した教育理念を作り上げようと努力した。

 ペーターセンが、「小さなイエナプラン」という、ほんとうに小さな、けれども、イエナプラン教育の関係者の間ではバイブルのように読み続けられている本には、次のような珠玉の、しかし力強い言葉が残されている。

将来どんな政治的、経済的な状況が生じるか、私たちは誰も知らない。
未来は、人々の不満、利益追求、逃走、そして今の私たちには想像のできない新たな経済的、政 治的、社会的状況によってきまるだろう。
けれども、たった一つ確信をもって言えることがある。
すべての厳しく険しい問題は、問題に取り組んでいこうとする人々がいて、彼らにその問題を乗り越 えるだけの能力と覚悟があれば、解決されるだろう、ということを。
この人たちは、親切で、友好的で、互いに尊重する心を持ち、人を助ける心構えができており、自  分に与えられた課題を一生懸命やろうとする意志を持ち、人の犠牲になる覚悟があり、真摯で、嘘 がなく、自己中心的でない人々でなければならない。
そして、その人々の中に、不平を述べることなく、ほかの人よりもより一層働く覚悟のある者がいなく てはならないだろう。

(ペーター・ペーターセン「小さなイエナプラン」(1927)より、訳:リヒテルズ直子)

 このペーターセンの教育は、戦後、ヨーロッパの中でも民主意識が遅れていたといわれるオランダで、60年代になってやっと未来の理想社会に向けて、若者や知識人が大きく軌道を修正し始めた時代に、スース・フロイデンタールという女性によって紹介された。

 彼女は、ナチスドイツの占領下にあったオランダで、迫害されたユダヤ人の数学者を夫に持っていた人だ。夫が捕虜として収容所に連行されて帰らなかった日々、ヒトラーが優勢種としたアーリア人の血が自分に流れていることを、彼女はどれほど苦々しく思っていたことだろう。戦争が終わって41年後、ユダヤ人だった夫ハンスが、スースの葬儀に際して残した言葉は、この女性の強靭さと女々しさのない深い愛情がうかがえて深い感動を覚える。

最愛のスースへ

僕は、今、こうして永遠の眠りについてしまった君に、最後の言葉を送ろう。僕は、この厳しい日々 に、君との間に生まれた子どもたちや友だちが僕を支えてくれているおかげで、ここにこうして立っ ているのだよ。

君が、この世界に、そして、何よりも教育の世界にもたらし、これからもずっと持ち続けるだろう意味 は、多くの人が、その心からの感情を持って語ってくれた通りだ。だから、僕は、君が僕にとって、 ぼくたち にとって、また、ぼくたちの家族にとってもたらしてくれた意味の大きさについてだけ、話 をしよう。

「春の兆しなど全く感じられない冬の夜
見知らぬ国から来た見知らぬ人として、君は、私の前に現れた」

あれは、55年も前のことだ。54年間の間、私たちは、夫婦として結婚生活を送ってきた。君は、私 に4人の子供をもうけてくれた。おかしな言い方かもしれないけど、子どもたちは、君の子供たち だったし、今も君が育てた子どもたちだ。君は、この子たちを食べさせ、養い、見守り、僕が足りな い分までを補ってくれた。11人の孫たちは、私たちの孫だ、と言ってもいいかも知れないね、でも、 やっぱり、大半は、君の孫だ。子や孫と合わせて一同21人がそろってとった金婚式の写真がある。

君は僕にそれ以上のものを与えてくれた。最初の日から最後の日まで、私の方からは、とても、同じ だけ のお返しなどできなかった君の愛だ。僕たちは、愛情も苦しみも分かち合ってきたね。苦しみ については、君は、僕よりも重い方を引き受けてくれた。

こんなに性格が違う二人の人間が、いったいどうして、半世紀以上もの間一緒にいられたのだろ う? お互いに競り合うような、とても接点のない性格の二人が、お互いを補い合おうとしていたのだ ろうか? 君が、こんなにも長い間、僕と共に成し遂げることができたことを、僕は君に対して何か やってきただろうか? 君をぼくは誇りに思っているよ。君も、僕を誇りに思ってくれているかい?

君と共に暮らした人生を思うと、君のいないこれからの人生を想像する力が僕にはない。人間として の感情と浮き沈みに満たされ、そして、どのひと時として、決まり切った旧態依然に戻るようなことは なかった君との人生を。

僕たちは激しい嵐に共に闘ってきたね。そして、最も厳しかった嵐の時、君は、率先して主導権を 握った。君は、何かのために一人で立ち向かっている時にこそ、最も大きな強さを発揮したね。ぼく が、ハヴェルテの収容所にいた時、ウェーテリングスハンスにあった時だ。君は、戦争の中に、こと に、餓えの冬にあった時だ。町や農民をたずねて、食料と燃料を探しに出なくてはならなかった。 君の家族のた めに、そしてそれだけではなく、収容所にいた僕の家族や友人たちのためにも。戦 争が終わってからも何年間も、こつこつ働き続けなくてはならなかったね。それは、僕が、僕の天性 の仕事にもう一度立ち向かっていくことを許された間も、君にとっては、ずっと続いた仕事だった。

半世紀以上もの長い間、僕たちは一緒だった。山や林を共に歩いた。時には子どもたちも一緒 に。天気の良い日も悪い日も。芸術と学問の世界を一緒に歩いた。お互いの好みを認め合いなが ら、長い道を、どこかで、互いの存在を確かめ合いながらね。わたしたち二人を剃刀のように鋭く分 かち、また、同時に深く結びつけ合う、感情という広い世界とともに。

君は本当に何といつも強靭だったことだろう。僕にとって模範のようだった。そして、君の強靭さが 僕を落ち込んでしまった苦境から助け出してくれた。

君の最後の心配は何だったのか知っているよ。ハンスは私なしでどうやってやっていくのだろう?  そう思っているんだろう。心配するなよ、リトル・ガール。君は、僕に、強靭な男の子になれ、と教え てくれたよ。

僕が君よりも長く生きるとは今までに一度も考えてみたこともなかったよ。いや、僕が一人で長く生き ているわけはないさ。君は、僕の思いや感情の最後のひと絞りまで、ずっと一緒に生きていくよ。そ して、僕が今「じゃあまたね」といえば、君は、すかさずに、あの、君の忘れることもできない声で、ま た、こう、僕に言うだろう。「しっかりしなさいよ、ハンス」とね。


Hans Freudenthal, Schrijf dat op, Hans---Knipsels uit een leven--- , Meulenhoff, Amsterdam, 1987より。(訳:リヒテルズ直子)

2009/03/12

玉石混淆って?

 人の感情の中で、嫉妬ほど醜く、嫉妬ほど無駄なエネルギーはない。
 でも、嫉妬は、それを起こしている人よりも、嫉妬を起こさせるような環境の方に、本当は問題があるのではないのだろうか。

 玉石混淆という言葉がある。あまり好きな言葉ではない。

 たぶん、人間には、一人ひとり原石のような石が、生まれた時にインプットされているのだろう。そして、生きるということは、自分の中にインプットされている石が一体どんな光を秘めているのかを見つけ出し、それを自分の力で磨き上げていくことなのだろう。

 同じ親から生まれた子どもたちを見ていても、原石の質はひとりひとり違う。

 長男は小さい時から車輪のようにくるくる回るものがあると目をそらすことができなかった。無機質のものを組み立てて何かを作り出すことに人一倍関心が強かった。他所に行って珍しいものがあると、手で触れて触ってみなければ納得できず、私は何度親として冷や汗をかかされたかわからない。多分、物事を、空間の中で立体的につかみ、質感を感じずにおかなかったのだろう。親の私がそう気づくまでに、10年以上の歳月がかかった。物心ついた時から、手押し車、三輪車、自転車と、車輪で動くものを身近に置いておかなければ気の済まないような子だった。
 他方、長女の方は、長男があれだけ擦り切れるほどに使った手押し車にも三輪車にも愛着を持たず、生きた動物が大好きだった。家の中には、必ずペットがいた。一番多い時には、庭中を17匹のウサギがぴょんぴょんはねていた。駐車中の路上の自動車の下に野良猫が隠れていると、自分も地面に横になって猫に話しかけるような子だった。今でも、野花の名前は覚えないけど、鳥の名前なら、いつの間にか覚えて、空を飛んでいる鳥を見つけるのも誰よりも早い。
 二人のその後の進路を見ていても、何か、そういう生まれた時に授かったものがどこかでつながって、今に至っているような気がする。

 うちの子供たちだけのことではない。親戚の子を見ても、自分の兄弟を見ても、人間というのは、一人ひとり持って生まれた原石は、他の誰もが持っていないたった一つのものなのだな、と思う。一人一人の顔かたちや声色が違うのと同じように。

 嫉妬の感情というのは、自分にないものを欲しがる感情だ。そして、そういう嫉妬を引き起こさせる環境とは、人が持っている原石が、一つ一つ、同じように価値のあるものであることを認めずに、玉石混淆だ、と言ってしまう環境だと思う。
 良さとか美しさとは、主観的な判断から生まれるものだ。多数の人が美しいと感じるものは、確かにあるかもしれない。しかし、美しいと感じられるものが、どういう形であるのか、それには、いくつもの無数の形と表現があると思う。良いとか美しいとかを決めるのは、一人一人の判断だ。

 たぶん、わたしたちが持って生まれた原石のようなものとは、自分自身の中にある「自分だけのもの」「ユニークなもの」「私だけのもの」なのだろう。
 「個性の重視」とか「個人主義」には、そういうユニークさの尊厳に対する尊重の念がある。同時に、自分の中にある、決して人には譲ることのできないユニークさを、自分自身で固く守ろうという意志にもつながるものかもしれない。

 子どもを育てるというのは、多分、子ども自身に自分の原石に気付かせること、そして、その原石を磨いていく方法を一緒に考えてやることなのではないか、と思う。
 何か一つのスタンダード化された標準に合わせて、そこで作られた物差しだけで競争させられる日本の学校の子供たち。そこで、「玉」といわれるのは、単なる学力という名のみすぼらしい手垢のついた物差しの上の右端に座れるものだけだ。そんな「玉」など、子どもが大人の力を借りて丁寧に磨きをかけてきたようなものではない。

 一人の人間の中に、原石は一つだけ見つかればいい。それが、やがて、天命と思えるような自分の人生の証しになる仕事に結びついていけば、、、。そして、それは、何も、いい大学に入るためなどと、高々20年くらいで見えてこなくたっていいはずだ。親も子も、教師も生徒も、みんな、自分の石はいったいどんな光を放つようになるのだろう、と磨きをかけ続けるだけでいい。
 そんな教育がほしい。そんな学校がほしい。そういう生き方を支える社会がほしい。

 みんながお互いにお互いの原石を認め合うようになれば、嫉妬などという無駄なエネルギーを注いでいる暇はなくなってしまうだろうに、と思う。

 そう思っているのに、嫉妬心を起こす自分がいる。自分自身を見失っている時のことだ。
 

2009/02/11

ほめて伸ばすか、けなして鍛えるか

 人生を振り返ってみて、自分はどういう時によく成長できたかと思うと、やはり、人からけなされた時より褒められた時の方だったような気がする。褒められる時ほどうれしいことはない。その嬉しさが、次の段階へのジャンプを決める。けなされると、私のような弱虫は、ついいつまでもぐずぐず思い悩んでしまう。そのくせ、私自身が母親として子どもたちに対してよく褒めてきたか、というと、そうとも言い切れない。親とは実に勝手なもので、子供を粗雑に扱ってしまうものだな、と思う。

 けなしたり、叱ったり、「頑張れ、頑張れ」と叱咤激励するのも一つの育て方ではあるだろう。そうなふうにすると伸びきっていなかった力が発揮され発達につながることも確かにあるだろう。ほめてばかりいたのでは、子ども自身が自分に甘くなり、頑張らなくなってしまう、という議論もあろう。しかし、それは、ある特定の子供だけを、他の子に見せつけるように褒めるからではないのか。どの子も同じように、その子なりの良さを引き出して褒めてやるようにしていれば、ほめることが子供の不遜な態度を引き出すということはない。
 何かある特定の知識を吸収したり、技能を身につけたりするということだけが教育の短期的な目的なのであれば、けなしたり叱ったりする方が、褒めるよりも効率的にその目的を達成するのに役立つこともあるのかもしれない。しかし、本来、教育の目的とは、大人が決めた知識や技能を子どもに植え付けることだけではないはずだ。それは単なる知識や技能の伝達に過ぎず、「教育」というほどのものではない。

 子どもが、自分自身を知り、自分の得意な能力を生かした仕事に就けること、自分の頭でいろいろなことを考えたり編み出したりし、また、資質や能力の異なる他の子供と一緒に協力して世の中を支えていけるようになること、、、、教育の目的とは、実は、単なる知識や技能を伝えることではなく、そういう、もっと大きな「人間性」をどこまでも広げ発達させることにあるのではないのか、、、。本来、「教育」は、教え育てるという教育者の側からのアクティブな働きではなく、「学習」という子どもの方からの自発的な働きかけを引き出すものであるべきだ。(そういう意味では「教育」という語そのものに大きな問題が潜んでいる)


 日本の学校や親の態度には、けなすことと褒めることとの間のバランスが、あまりにも一方に傾きすぎている。にこにこ褒めてばかりいたのでは、学級崩壊になるとか、勉強しなくなるとか、多分、目先の成績を挙げることに夢中な大人たちは、目の前の子どもたちが、やがて未来を支える幅広い能力を持った「人間」として育たなくてはならないということを忘れてしまっている。そして、そんな近視眼的な大人たちに取り囲まれて、けなされたり叱咤激励されることが日常茶飯事となって息も絶え絶えになってしまった子供たちは、会社に入ってもモノも言えず、自分から自立して能動的に物事に取り組む自身も意欲もなく、少々の困難が起こると、それにどうして取り組んだらいいのかわからなくなり、やがてはうつ病に陥ったり、ひきこもったりしてしまうのではないのか。そういう若者たちが、今、日本には大量に蓄積され、社会を不安定にする原因の一つになっているように見える。

 大人は「けなし叱って鍛える」ことによって、「強い」子供「強い」大人を期待しているのかもしれない。しかし、そういう態度からは、学んでいる者の方に自立心は生まれない。それどころか、自尊感情はどんどん低下していくだろう。小学校から大学に入るまで、いつもいつも「お前もっとこうしろよ」「もっとこういうところをよくしたら?」「ここがまだ駄目ね」「何してんの、そんなことまだわからないの」とずっとずっと言い続けられていて、子供はいったい、どうしたら、自分に自信を持つことができるというのだろう。
 そういわれ続けることで、「僕なんか絶対にお父さんのようにはなれない。」「お母さんはぼくが悲しくても、そんなことは気にもかけてくれない」「先生はどうせ僕のようにできない子を教えるのは嬉しくないんだ。僕なんかどうせクラスのクズなんだ」と哀しさと孤独感の中に引きこもってしまうのではないか?

 かくいう私も、日本で育ち日本の学校でずっと教育を受けてきた。だから、育てるというのは、「頑張れ、頑張れ」と叱咤激励するものだ、ということにはじめのうちはほとんど何の疑いも持っていなかった。自分がそういう態度であるということにすら気付かなかった。

 そういう私の背景とはまったく正反対の、「ほめて育てる」教育で学んできたオランダ人の夫と共に子供たちを育てはじめてみて、子どもたちに対する自分の態度や言葉がけの仕方が、夫のそれとはとても違っていることに何度も気づかされた。
 せっかく何かを達成して満願の笑顔で報告する子供たちに向って、「わあ、よかったわね、すごいわね」とは言わずに、「ああ、でも、ここをもっとこうすれば」とか「今度やる時にはこうしたらもっとうまくいくわよ」とか言っていたような気がする。今から思うと、可哀そうなことをしたな、と心が疼く。
 幸い、少々時間はかかったものの、オランダに自分自身が同化し、オランダの学校を見ているうちに、私の方が変わっていった。私自身が自分らしくしていられるオランダという社会の人々が、わたしをそういう風に受け入れて育ててくれ、自立心や自信、自尊感情を持たせてくれたのではなかったか、と思う。そうはいっても、いまだに、オランダ人のように、さりげなく上手に人をほめるというのは、なかなか、うまくできないものだ。

 子どもでも大人でも、他人をけなす人、というのは、よく見ていると実は自分に自信がない人が多い。他人を称賛できる人というのは、大人だし、自分をよく知っている人だな、と感じる。

 先ごろ、友人のピーターが誘ってくれ、彼がやっている教員研修を見せてもらった。ピーターは、ある教育プログラムの実施準備のために、小学校に行って、放課後、その学校の教員たち全員を相手に、ワークショップと現職研修をやっている。つまり、先生たちの先生というわけだ。

 ピーターは、その日、3時間余りの研修の中で、1時間余りたっぷりと時間をとり、前回の研修の後に先生たちの心に生まれた「質問や悩み」を発言させていた。先生たちが問題を提議するたびに、彼がしていたのは、「今の話で、あなたが、OOOOということをしたのは、とても正しいことだと思いますよ。」とまず必ずどんな小さなことでも見つけて、「ほめる」ことだった。そして、実際、かれの返答の中に「けなす」とか「批判する」という言うようなネガティブな態度は微塵もみられなかった。もちろん、見え透いた「お世辞」では、本当にほめたことにはならない。専門家であるピーターの力は、先生たち一人一人の発言に、注意して耳を傾け「本当に良いこと」を引き出して褒めることなのだ。そうしたうえで、悩んでいる教師に、迷いのないはっきりした態度で、自分の経験から役に立ちそうなコメントを述べていた。

 また、先生たちの質問や悩みに対して、ピーターは、自分が答えを出スという役割をしてしまうことを意図的に避けていたようにも思う。まず、その場に集まっている仲間の教員たちに、「何かアイデアはないかな、ほかにも意見はありますか」と、お互いに助け合って問題解決をすることを促していた。ピーターの役割は、先生たちの上に立って、上から偉そうに何かを教えることではなく、先生たちが、自信を持ち、自分たちの手で物事を解決しよう、と動いていくように、交通整理をしてやることなのだ、とわかった。

 ピーターが介在することで、普段、自分の問題を仲間に見せる勇気のない先生たちが、お互いにアイデアを出し合う雰囲気が生まれていく。

 ピーターの研修では、先生たちは、あとで自分たちが子供たちを相手にやらなくてはならない授業を、モデルとして実際に受ける。そこでは先生たち自身が、子供の立場になってみるのだ。これは、ピーターに限らず、オランダの教員研修の典型的なやり方だ。自分が教わる立場になってみなければ、その効果はわからない。

 だから、まず「褒める」ことから始める、批判をしない、生徒同士が意見を出し合う。このパターンは、あとで先生たちが、生徒たちを相手にして授業をする時にも使われるパターンなのだ。
 けなしたり、批判されたりすることよりも、ほめられることの方が気持ちがよいということを知っている先生たちは、子供に対しても、褒めることができるようになる。

 子供でも大人でも「ほめられた」時ほど嬉しいことはない。この嬉しさが、もっと伸びよう、という内側から自然に沸き起こってくる意欲につながる。同時に、たいていの人は「ほめられる」からこそ、もっと良くするところはないのかな、もっと伸びるにはどうしたらいいのかな、と自己批判的になれるものだ。ほんとうの謙遜の態度も、そういう時にこそ起こる。そういう心の動きは、「けなされた」時には起こりにくい。まして、「けなされた時」に「やらされる」のは、自分のための課題ではなくて、怒っている親や教師のための課題でしかない。だから、学ぶ側の意欲は低下し、自律心も自己責任感もなくなり、依存心だけがいたずらに助長されていく。
 つまりは、人が誰かを自分の配下として閉じ込めておきたければ、その人をけなし、怒鳴り続けていればいい、ということだ。学校の先生がこういうテクニックを使えば「学級崩壊」は起こらず、表面的には静かでいいクラスかもしれない。しかし、自尊心をもった人間は育っていない。そんな風にして生み出している集団は、誰にとっても、もちろん、指導者や教師にとっても、決して居心地の良いものではないはずだ。

 これから、子供たちを育てていく人たちには、子供たちを、一人残さず、ほめて褒めてほめちぎって伸ばしていってほしい。そうすれば、子供たちの方も、自立して自分でものを考え、自分のやっていることに責任を持つようになり、自分で自分の人生を設計するようになるはずだ。
 同時に「ほめられる」ことで、自分の能力を知るようになった子どもは、他人の力を認め受け入れる人間になれる。「けなされ」つづけた子供の心に育つのは、他人への嫉妬、または、時々起る優越心だけだ。

 家族や学校の中だけのことではない。たぶん会社でも組織でも同じだと思う。
 ただ、今の日本のすべての組織は、けなし叱咤激励するという学校文化しか知らない人たちばかりだ。それ以外にもこんな方法があるのだ、ということを知ってほしい。

 ある会社研修で、自己紹介の代わりに、他人紹介をしてもらった。隣に座っている人が、会社にとってどんなに大切な役割を果たしているかを言ってもらいながら一巡した。それだけで、組織の雰囲気はガラリと変わる。自分は、仲間から理解されているのだ、ということが、どれだけ、連帯感に通じるものであるかわからない。

 寛容や受容とはそういうことを言う。それは、力強い連帯感を生みだすためのものだ。

 けなすことは悲観に、褒めることは楽観につながっている。
 人生の苦しみも、社会の閉塞も、それを乗り越える力は、悲観からではなく楽観からしか生まれない。

 楽観は、苦しい時にこそ意義がある。褒めるというのも、自分の中にも他人の中にも褒めるに値する質があるということを見極めてこそ意義がある。