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2011/01/03

人類社会の展望

 人間の社会の発展の目的は、すべての人が幸せに安心して生きられる社会を作ることに尽きる。
どんなに産業が発展し、どんなに軍事力が大きくても、その社会に暮らす人が不幸せで不安だったら、「発展」とは呼べない。

社会のリーダーが為すべきことは、ひとりでも多くの人が、幸せで安心だと感じられる仕組みを作り、守っていくことだ。

2011年、世界はどこに向かっていくのだろう。どの地域、どの国が、よりたくさんの幸せと安心を生んでいくのだろう?

2010/11/25

ネット時代の幸不幸

 メール、ブログ、ツイッター、フェイスブックと、ネット時代のコミュニケーションツールはますます広がる。私などはこのブログあたりまでがやっとで、秒刻みで地球の裏側の人につながるツールは使いきれていない。
ネットテクノロジーは、確かに、国境を越えて、人をつなぎ、異文化の壁を超える協力で、希望の持てるツールであることは間違いない。今や、言葉の壁だけが大問題で、それをこれからどう越えていけるかだ。

ただ、そんな中で、日本からも、そして、オランダからも聞こえてくるくらい面もある。ネット中毒の問題だ。ネットでいつも誰かにつながっていなくては不安、という症状を持つ大人や子どもが増えていることだ。

つい先日のオランダの新聞に、「何をやる気も、また、将来の設計に取り組む意欲もない子どもたちが増えている」というのだ。しかも、それは、経済的にも豊かで、何不自由なく育てられてきた子どもに多い。大半の時間を家に閉じこもり、大学で勉強を始めても、そのうちやる気をなくして退学してしまう。かと言って、次に何をしたらいいのかわからない、そういう子どもたちが、オランダでも増えているという。

産業化社会は、どこも、共稼ぎ家庭が増えている。就学率の上昇、高学歴者の増大は、教育投資に見合う人材を産業界で使うのが当然だろう。また、少子化・高齢化社会が進む中、若年労働者が、労働市場にとどまれるようにすることも正当化される傾向がある。

そんな中で、置き去りにされる子どもたちの発達は本当に大切に考えられているのだろうか。

子どもたちが親と触れ合う時間、学校で社会性や情緒を育てるための真剣な取り組み、地域社会を子どもたちにとって過ごしやすい場とする取り組みはあるだろうか。

オランダの子どもたちについての記事の中には、「どうしてこんなに多くの子どもたちがやる気なく、冒険信をもたないのかについては、まだ、きちんと調査研究されていない、しかし、この子たちには、潜在的なうつ病予備軍であることは間違いない」というようなコメントがあった。

オランダには、一部に、子どもたちの自立性・共同性に熱心に取り組むオールタナティブの学校があり、自由裁量権を得て非常に先進的な取り組みをする機会がある。そういう一部の学校の影響からか、全体としては、子どもたちの幸福度が極めて高い。そういうオランダでさえ、上のような、受け身でやる気のない子どもたちの問題が表面化してきている。

世界の子どもたちは、今、どんな子ども時代を送っているのだろう。
ネット文化を、身近な足元の人間関係や問題意識を豊かに展開するために使える人はいい。しかし、目の前の生きた人間とのかかわり方を知らずに、そのさみしさを紛らわすためにネットに没頭したり、ゲームに明け暮れる子どもたちもいるということを、私たち大人はもっと深刻にとらえるべきなのではないか、と思う。

こういう子どもたちがわんさと大人になった時、未来の社会は、果たして、本当に、異文化の壁を越えた豊かな社会になっているのか、それとも、気分だけはつながっているが、本当に、共感を分かち合う手段を持たない気味の悪い人間ばかりになっているのか、、、、

2010/11/17

へそまがりのトリリンガル理論

大勢の人が飛びつく話題には乗りたくない、、、、そのもう一つ先を言わずにおれない、、、どうも私の中には、そういう手名付けにくい、へそまがりの虫が住んでいるようだ。

バイリンガル理論が日本でもどうにか一部で根付き始めたようだ。だから、私はあえて、今の時代にトリリンガル理論をすすめたい。


いまから30年以上前、「これからの時代、日本語だけではだめだ」と思って、わたしは英語会話の学校に通い続けた。当面は留学が目的だった。しかし、語学研修でイギリスに行って帰ってきたら、西洋先進諸国と言われるアメリカやイギリスへの興味が、なぜかガクンとなくなってしまった。
そうして、数年後、マレーシアに留学した。西洋文化に対するオールタナティブがほしかった。以来、ずっと、日本語+英語+OO語というトリリンガル生活が今日まで続いている。

マレーシアでは、巷のインド人中国人たちが、母語のほかに英語をペラペラしゃべっているのにあきれた。それどころか、当時、ナショナリズム政策で優先されていたマレー語もみんな使いこなしている。だからと言って、自分たちの文化的なアイデンティティを失っているわけではない。

昨日、日本の『英語教育』の視察団の方たちにお会いした。
日本の子どもたちには、ヨーロッパの国々の子どものように、異文化に触れる機会が日常生活の中にないため、英語学習への「動機づけ」が限られているという話になった。
「それならば、子どもたちを動機づけるために、<子ども国連>をしたり、英語でかかれた子ども向け雑誌を発行したり、英語のテレビ番組を作ってはどうか」と提案したら、
「日本にはいまだに、西洋支配の象徴のような英語を義務付ける必要はない、というような人たちがいまして、そういう全国的なアクションをやりにくい、、」という話だった。

その程度のナショナリズムを振り回す人に限って、日本の文化や伝統の深さを知らないのではないかと思う。そもそも、そういう人たちこそ、自分自身のアイデンティティのよりどころを確信できていないのではないのか。自分が何者か、自分の拠って立つ文化をどう自分自身が評価できているのか、それがあって初めて人間のアイデンティティは確立する。そして、そういうアイデンティティがあれば、外国語を学ぶことによって日本文化が崩壊する、などという僭越な議論には走らないはずだ。国旗を挙げ、国歌を歌えばアイデンティティが育つというのは、根拠のない迷信だ。アイデンティティは、他者を知ってこそ初めて育つものだ。他者を徹底的に知り尽くしてやろうじゃあないか、という気概がなければ、また、他者の存在を世界の同朋として受け入れようじゃないか、という懐の深さがなければ、自分のアイデンティティなどというものは生まれようがない。

なんとまあ、遅れた国際意識か、と改めて思う。チョンマゲ日本人がまだのさばっている。

日本は島国、ちょうど、英語を国語とするアメリカやイギリスと同じように、国民がモノリンガルである国の典型だ。今時、モノリンガルである地域の方が、多分、世界地図の上ではマイノリティなのではないか。モノリンガルがなぜだめか、というと、「相対的なものの見方」ができにくいからだ。

アメリカとイギリスに比べ、日本がもっと大きなハンディを背負っているのは、当たり前のことだが、日本語が世界語ではないことだ。アメリカやイギリスは、自分たちはモノリンガルでも、よその国の人が進んで情報をくれるからまだいい。日本の場合、自分たちが英語をしゃべらなければ、外国の人は気にもかけずに無視していくだけだし、逆に、外からの情報を得る手段もない。

そもそも、言語なんてものはツールでしかない。ツールは多いに越したことはない。しかし言語というツールは、ツールらしい、役に立つものにするために数年の時間が必要だ。それを国が支えてくれない、制度としてやれない、というのは、国民にとって大変な損失であり、機会剥奪でさえあると思う。

―――

と、ここまでなら、単なる英語礼賛、バイリンガル礼賛になるのだが、私は今トリリンガルの必要を強く感じている。特に、流行を追うように英語を学び、それで「国際化」の一歩を踏んだかのように思ってしまう若い人たちへの忠告として、トリリンガリズムをぜひとも勧めたい。
英語礼賛はあぶない。それだけでは、アメリカやイギリスへの留学・研修で、安易に国際化が済んだ、と思ってしまう態度につながりがちだからだ。私の専門分野である教育学でも社会学でも、学者にはその傾向が強い。それが、英語以外の言語圏への関心を相対的に低くしてしまい、場合によっては軽視、そして、アメリカ、イギリスという、特殊なアングロサクソン圏の文化や思想を、「西洋思想」として一般化してしまう傾向が強くなりすぎるからだ。英語は必要だ、バイリンガルは、今の時代を生きていくための最低条件だ、しかし、それだけでは十分ではない。

日本人一般に対しては、まずは英語能力を今の10倍にするつもりで高めてほしいと願う。しかし、日本の知識人、新しい時代を生きる若い人たちに対しては、トリリンガルになってほしいと思う。今やそのくらいの覚悟がなければ、世界に通用する知識人らしい知識人にはなれない。英語以外にもう一つ、どの言語でもいいから、ふつうに情報収集できるだけn言語能力を身につけてほしい。ドイツ語でもフランス語でも、中国語でもヒンズー語でも、ロシア語でもアラビア語でもいい。そうすれば、英語文化が相対視できるようになる。日本と英語圏の文化に対して、第3の点を設定し、それぞれの位置づけをはっきりさせることができる。

開発途上国のリーダーたちは、たいていがトリリンガルだ。彼らは、インターネットの普及の影で、今や、したたかに世界の最も先進の情報を吸収している。その同じ時間に、曲がりなりにも「大学」を出た学歴のある日本人が、閉塞感の強い社会でうんうん唸りながら面白くもない仕事を残業までしてやり、その挙句、リクリエーションと言えば、茶の間でたくわんをぱりぱりしながらバラエティ番組を見るか、インターネットで、日本語に限られた情報だけをサーフィンするか、日本語だけでブログし、つぶやきまくる、、、、はたまた、役にも立たない(エログロナンセンス)マンガを見て過ごすだけ、、、、これが「武士道」の日本人か、、、、単なるチョンマゲ日本人のやせ我慢にすぎないのではないか、、、、情けなさを通り越えて、日本人が意識もしていない間に、ますます、世界の人々の知的レベルからかけ離れたところに孤立していっていることに、ゾクっとするほどの危機感を感じるのは私だけだろうか、、、

日本人が能力が低いのではない。日本人には優れたさまざまの能力があると思う。しかし、それを外に向けて伝えることも、外からの情報をもとに、持っている能力にさらに磨きをかけていくこともしなかったら、そして、そうするための手段や機会に接近できなかったら、たんに宝の持ち腐れになるだけだ。たくさんの可能性に満ちた大人や子供の能力を引き出す機会と制度に欠けていること、それが、まさに、日本の大問題だ。

2010/11/02

ラオの後日談

カンダヤおばさんからスカイプで電話が入った。
今から約30年前、マレーシアで世話になった下宿の大家さんだったインド人のおばさんだ。
(拙著『地球を渡る風の音』でも紹介)

10年ほど前にご主人を亡くされ、二人の息子はオーストラリアに移住してしまったが、70を越えた今も一人でマレーシアで暮らしている。30年前、マレー人を優先して中国人やインド人に対する待遇が厳しかったマレーシアで、インドから輸入した食料品を売る小さな街かどの雑貨店を営みながら、二人の息子をイギリスに留学させた。

その雑貨店にラジャというインド人の奉公人がいた。当時24歳ぐらいだったと思う。クアラルンプールのゲットーに住む貧しいインド人労働者の息子だった。早朝から夜遅くまで、雑貨店の雑用を手伝いながら、カンダヤ夫妻と寝食を共にし、家族同様の暮らしをしていた。小さい頃からいろいろな仕事を転々とし15歳くらいの頃にカンダヤ夫妻の店にやってきたという。カンダヤおばさんはそういうラジャに店番をしながら英語会話を教え、毎月の給料のほかに貯金を積み立て、数年後にラジャが自立した時にはその貯金を持たせてやった。

私が彼女の家に下宿をしていた頃、一人の痩せっぽちのインド人の少年がやはり雑貨店の手伝いをしにやってきた。ラオというその少年は、話に聞くと13才だったそうだが、痩せた体つきといい、無言の表情といい、どう見ても7歳くらいにしか見えない。貧しいゴム園労働者の子どもだったそうで、祖母との暮らしでは十分な栄養も与えられず、学校にも通えなかったものらしい。

ラオは、ラジャやカンダヤおばさんに見守られながら、雑貨店の雑用をしていたが、そんな体つきではほとんど仕事らしい仕事になっているようにも見えなかった。きっと、人づてに頼まれてカンダヤ夫妻が引き受けることになったのだろう。

そういうラオが、ある日突然姿を消した。カンダヤ夫妻とラジャとは騒然となり、いつもの日課を棚上げにして近所を探し回った。どうしても見つからないから、と夕刻には警察に捜査願いを届けることになった。そして翌日、ほっと安堵と幾分かの疲れを表情を顔に浮かべたカンダヤおばさんは、ラオがゴム園の祖母のところにひとりで帰っていたことが分かった、と教えてくれた。

「いったいあんな小さな、言葉もろくにしゃべらない子が、バスに乗って遠いゴム園までどうやって帰ったのだろう」というのが、その晩のカンダヤ夫妻やラジャたちの話題だった。

どうやら、雑貨店で働きながら、客が支払う小銭の一部をほんの少しずつ貯めていたものらしい。そうしてバス代がたまったところで、バスに乗って帰ってしまったのだ、、、

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私は、このラオという少年のことが忘れられなかった。同じような境遇からやってきて、英語を覚え、家族のように扱われ、やがて工場のメンテナンス職員として独立していったラジャとの対照があまりにも大きかったからだ。ほんの小さな判断の違いが、人生をこうも変えてしまう、ということに、なんとも言えない気持だった。だから、私はこの二人の少年のことをわざわざ『地球を渡る風の音』のエピソードとして紹介していたのだった。

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スカイプの発信音を鳴らして、突然電話をかけてきてくれたカンダヤおばさんが、ラジャやラジャの家族の近況などを話してくれるのを聞きながら、ふと思い出して、
「ねえ、ところで、覚えてる? 私がいた頃、ラオという少年がやってきたでしょ、後で突然いなくなってしまった、、、、、あの子その後どうなったのかしらね」
と尋ねてみた。

するとカンダヤおばさんは
「ああ、ナオコ、ラオを覚えていたの?よく覚えていたわね、、、。ラオはね、あれから何年かしてうちを訪ねてきたんだよ。突然うちの玄関をノックしてね、、、『おばちゃん、おばちゃんが正しかったよ、ぼくはあの時帰ってしまうべきじゃなかった、ってあとでよくわかったんだ』って、そういってきてね」

ええーっ、と思わず私は驚きの声を上げずにおれなかった、、、

ラオはその後成長してトラックの運転手になったのだそうだ。
カンダヤおばさんによれば
『ラオはちゃんと仕事をしているよ、、、3人の子どもたちもちゃんと学校に行っているよ、上の子は大学に行ったんだけど交通事故に会ってね、、不運なんだねラオは。でも、ラオよりも利口でしっかり者の奥さんがいるから大丈夫、、、』

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そういうカンダヤおばさんは、子どもたちが移住してひとり立ちした後は、雑貨店を閉めて、夫の年金と、自宅に置いている下宿人からの収入で生計を立ててきた。週に一度はヒンズー教の寺院に参り、週のうち2,3日は、大学病院のホスピスで末期がんの患者の話し相手になるというボランティアを続けている。毎年一度は子どもたちがオーストラリアに招いてくれ、必ず年に一度祖国インドに帰ってヒンズー教の寺院に参り、1,2週間孤児院の手伝いをして帰ってくる。

判を押したように規則正しい、無駄やぜいたくのない暮らしぶりは、きっとあの頃のままであるのに違いない。

そういう彼女の、決しておしつけがましくはないのに、自分自身を律した生き方が、周りの人々の心に何かを芽生えさせる。ラオのような少年の心まで、、、

2010/09/24

自由

あなたがあなたらしくしていられること、それが自由。

どの人もそれぞれ自分らしく生きることを保障されている社会、それが民主社会。

それを法に照らして守る努力をする、、、それが、官僚の仕事のはずなのだけれど。

2010/09/06

エリート形成をしてこなかった日本

研修で半年間オックスフォードに滞在している娘を訪ねて、数日イギリスを旅してきた。今から36年前、19歳の時に訪れて以来だ。

36年前に比べて、オックスフォードはすっかり様変わりしていた。外国人の留学生や観光客であふれかえっていることだ。70年代初頭には、外国人留学生といっても、多分、よほどのエリートか、かつてイギリスの植民地だった国々のリーダーたちくらいしかわざわざここまで来て勉強することはできなかったのではないか。しかし、英語が世界の共通語になり、国境を超えることも容易になった現在では、オックス・ブリッジは、ヨーロッパにおけるのエリート教育の、ひとつのメッカになっている。

現に、娘のように、自国で自分が通っている大学の単位と交換できるという好条件のために、気軽に外国の大学で単位を取るヨーロッパの学生は多い。自国とは異なる文化の異なる大学での経験が、複眼的に見る力を育てることは間違いない。欧州諸国の中でも特に、イギリスは、英語で留学できるので、外国人留学生の数が飛びぬけて多い。

オックスフォードやケンブリッジは、チューターと呼ばれる教官らが、少人数の学生と寝食を共にして、丁寧にエリートの養成にかかわるカレッジ制度で有名だ。

高校卒業資格を取るとどの大学にも入学できるオランダの制度とは異なり、イギリスでは、科目ごとにAレベルと呼ばれる資格を持っていなくてはならないほか、さらに、作文や面接に拠る選抜が入学の条件になっている。オックスフォードやケンブリッジは、中でも、有名エリート養成校として、むかしから、相当に厳しい関門がある。

専門書だけで16万冊以上の本を棚にそろえているという、有名なブラックウェルという名の本屋を訪れた。入口の近くに並べられていた新刊ベストセラーの中に、面白い本を見つけた。

「あなたは自分が利口だと思うか?」というタイトルのこの本は、実を言うと、オックスフォードとケンブリッジの入学志願者らが、面接で実際に教官たちから聞かれた「質問」を集めたものだ。タイトルの質問も、そのうちの一つ。

ぱらぱらとめくってみるとこんな質問があった。
「仮に地面に穴を掘って、地球の反対側まで掘り続け、反対側まで辿りつけたとしよう。反対側に穴が開いた瞬間に、すぐに反対向きに戻ってくるとしよう。いったい、何が起こるだろうか?」(工学部)
「毛沢東が今生きていて、現在の中国の経済政策を見たとしたら、一体何というだろうか?」(東洋思想)

こういう種類の、実に意地悪な質問が、一冊の本にズラリと並んでいるのだ。考えただけで、背中に冷や汗を浴びそうな質問ばかりだ。

おそらく、決まった答えがある、というよりも、面接を受ける志願生が、どれだけ論理的な思考力を持っているか、幅広い関心やありとあらゆる状況・条件を考慮する力があるか、また、自分の考えを適切に言葉で表現できるか、などを問おうとしているのであろう。独創性も問われているかもしれない。

オックスフォードやケンブリッジの大学のサイトを見てみると、各学科ごとに、どんな能力や適性が問われるのか、を一覧にして具体的に上げてある。それは、科目ごとに試験を受けてAレベルの成績をとったということだけではすまない、筆記試験では測ることのできない、実際に会ってみて議論や意見交換をして見なければ推量できない能力だ。
入学の条件になるのは、筆記試験と口頭面接だけではなく、趣味やスポーツ、社会活動への関心なども含まれる。もちろん、社会奉仕活動さえしていれば、それだけで「有利」というような単純なものではないはずだ。問われているのは、オールラウンドの能力、いずれ、人の上に立つ人間としての全人的な能力を持っているか、あるいは、その能力を引き出されるだけの、エリートとして潜在的な価値のある人間か、なのだ。

大学の入学試験は だから、「エリート」になるための最初の重要な関門だともいえる。
日本のように、中学、高校、大学と進学するたびに、筆記試験で知識の量を測られる入試制度とは少し趣が異なる。

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昔から、パブリックスクールと呼ばれる全寮制のエリート中等教育を出て、オックス・ブリッジのカレッジでエリート養成を受ける、というのは、イギリスのエリート教育の一つのパターンだった。
しかし当然、そういう高い教育費を払える家庭の子どもだけではなく、社会経済的に恵まれていなくても、優れた能力を持つ子どもたちには、国から奨学金が与えられる仕組みがある。

エリート教育は、国の行方を決める、さまざまの分野での指導者たちを育てるためのものだからだ。


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パブやカフェを訪れると、学生や若人らが、テーブルでビールのグラスなどを前に、何時間も真剣に政治議論を交わしたり、専門分野の議論に花を咲かせている。日本の町ではほとんど出くわすことのない風景だ。そこには、インド、バングラデシュ、南アフリカ、などといった国々からの、見るからに頭のよさそうな学生らもまじえた、真剣なまなざしと真剣な議論がある。
欧州の学生らも、単位互換制度や語学研修、サマースクールなどを利用して、始終出入りし、国際的な学術交流の経験を重ねている。


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そういう風景を目の前にして、ふと、インターネット上で日本の時事を見た時にふと垣間見える、何か、タイムスリップしてしまったような、世界からの懸隔、世界から置いてきぼりにされているような、はたまた、世界から目をつぶってしまったような日本を、いったいどう理解すればいいのだろう。

日本の教育は、エリートも一般市民も、どちらも育ててこなかったと思う。

日本の教育が育てているのは、多肢選択肢の試験で勝ち残ってきた、認知能力だけに著しく偏った、(有名)大学のパッシブでおとなしい学生たちと、授業についていけずに落ちこぼれるしか選択肢がなく、ひねくれて社会に背を向ける子どもや大人たちだけだ。

ヨーロッパの国々がエリート形成にかける真剣さを、日本人は、日本の指導者は、文科省の官吏らは、多分ほとんど実感として知らないのだろう。

相も変わらぬ一斉画一教育、入試で子どもたちをふるいにかけるだけの学歴社会は、エリートとなるだけの能力を潜在的に持って生まれてきた子どもたちの力を引き出していない。また、エリートにならない、今の制度ではふるいに掛けられて振り落されるだけの子どもたちに、生き生きと生きていけるすべを与えていない。


試験競争に勝ち残って有名大学に入ってきた学生たちは、やがて、地位の安定と高給だけを目指して、政治家となり、官僚となり、大企業に入って管理職への階段をのぼりはじめ、大新聞社や大出版社の従順な社員となる。彼らは、「エリート」として、国の発展のために尽くすことを、彼らの使命としてどれほど真剣にとらえているのだろう。「自分さえよければ」「自分の人生さえうまく終えることができれば」後にどんな社会が残ろうとも、頬被りをして済ますだけのエリートたちだ。

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本来、学校とは「科学」を学ぶ場だ。
「科学」とは、「問うこと」から始まる。自分が自分の経験を通して、自分の頭で考えた「問い」だ。「問い」に仮の答えを出してみるのが「仮説」であり、それを、誰の目にも明らかな方法で証明してみるのが「科学的な手続き」である。

だが、いったい、「卒業論文」という名の科学論文を、何割の学生が「問い」をたて「仮説」を立てて、科学的に証明したプロセスとして書いているだろうか。一体、何割の学生が、「私見」を交えずに、客観的な手続きを、客観的な記述と説明で論文に組み立てているだろうか。いったい、どれだけの学生が、先行研究の研究者に、払われるべき尊重の態度をもって、他者の論文の出典を明らかにして公正な引用をしているだろうか。筆記・口頭での議論を通して、立場の違い、証明の手続きの違いを明らかにするというプロセスを、どれくらい訓練されているだろうか。

FindingsとConclusionの違いを説明できる大学生が、いったい、日本の大学生の全数のうちに何割いるだろう。

そもそも、中等教育までの教育の中で、あるいは、遅くとも大学教育の中に、科学的な証明とは何か、科学的な論文とは何か、を学べるカリキュラムがどれほど組み込まれているのだろうか。大学教育に携わっている教員たちの、いったい何割が、国際的に通用する「科学」的な手続きをもって何かを証明しようとしているのか???? 単なる知識の切り貼りではなく、、

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大学が、科学を尊重して、あらゆる分野での先端の仕事にかかわるエリートを育てる場なのだとしたら、日本の大学は、大半が「大学」の名に値しない。

有名大学に入ってくるのは、他人を押しのけて、点数競争で勝ち残っただけの学生だけだ。二流といわれる大学では、中学の数学を教えたり、リクルート訓練をしたりしているという。

入試競争に勝ち残ってうまく有名大学に入学した学生たちが、卒業して、政治家、官僚、ジャーナリスト、会社の経営者、などなどの立場に着いた時、いったい、彼らに、社会を率いる、どんな力があるというのだろう。社会を率いるために必要な、リーダーシップやく人を説得し人の言葉に耳を傾けるというコミュニケーション能力、集団で協力して物事を進める力、物事の裏の面を見る力、批判的な思考、反対意見に耳を傾け、自分に反対する人を説得する力などなどの力を、彼らは、学校生活のどこで、いつ育てられているのだろう。社会を率いるどころか、自分の[社会的地位]「高給」が約束されることだけが、目的の人生を送る人が大半なのではないか。

いったい、だれが、そんなエリートを来る日も来る日も育ててきたのだろう、、、?

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どんな国にも、同じ程度の比率の人が、エリートとして、社会を引っ張るだけの(潜在的な)能力を持っていると思う。しかし、日本の場合、そういう能力を持ってうまれてきているはずの人たちのさまざまな力が、学校教育の場で十分に引き出されず、十分に育てられず、訓練されないまま、世の中に吐き出されているのではないか。

客観的で科学的な手続きを踏まえた知識や、正当な議論の力によってではなく、カリスマ的な人気が社会的影響力を持つための重要な要因となる今の日本は、おかしいし、危険だ。

有名大学の卒業者たちは、多分、それで満足なのだろう。なにしろ、この国は、有名大学を出れば、「桁はずれ」の高給と社会的地位が約束されるのだから。
しかし、そんな日本の大学の卒業生らの力は、今、世界からは取り残されつつある。そして、約束された高給や地位も、社会に未来がなくなれば、崩れさることは目に見えている。もしかすると、今の時代の動きの速さから行くと、「安心できる」はずの学歴も、何の確証にもならない日が目前に来ることだろう。世界中のエリートたちが、本当に全人的な、オールマイティの能力を、アメリカやヨーロッパの伝統あるエリート教育の場で訓練されつつあるのだから。

2010/08/25

若い人たちへ

あなたがまだ人生で何をしたらいいのかよくわからなくて悩んでいるのなら、世界を見に足を延ばしてほしい。世界には、あなたが想像もしたことのない人々の暮らしが、まだあちこちに残っているはずだから。

日本のように、スイッチを入れれば灯りがつき、蛇口をひねればきれいな飲料水が出、トイレには温かい便座と洗浄機がついていて、暑い日には冷房があり寒い日には暖房がある暮らしは、世界では当たり前ではないのだから。

そのかわり、世界の人々は、あなたに、きっと人間の力の限りなさを教えてくれるに違いない。
日本の暮らしが、世界の片隅の、ちっぽけな島国だけの物語であることに気づかせてもらえるに違いない。

だから、世界に足を延ばしてほしい。
テーマなど持っていなくていい。そんなものは、どうせぶち壊されるに違いないから。

でも、そういうあなたに、もうひとつお願いがある。
それは、あなたがたどり着いた国を理想化しないでほしい、ということだ。日本から逃げ出すために、家族や友人との生活に疲れたからと言って外国に行ってはいけない。
そして、できれば、一つの外国だけではなく、もう一つ、またもう一つと第3、第4の土地を訪れ、そこの人々の間に入って、暮らしのにおいをかぎ、人々の息遣いに触れてほしい。

あなたの知っている日本、あなたが新しく知った国、それぞれの国を離れるたびに、あなたの世界観は、立体的になって、それと同時に、自分自身の姿や力が見えてくるに違いないから。

日本を捨てるのではなくて、日本という島国の国境を意識しないでいられる世界人になってほしいのだ。

言葉なんて最初はできなくて構わない。言葉なんて、使わなければできないものだ。
でも、その土地に行ったら、ベストを尽くして、言葉を覚えるように努力してほしい。言葉は、それを使う人々にとって、歴史の遺産であり、宝物のように大切なものなのだから。そして、その国の言葉で書かれたものこそは、その社会のありとあらゆる情報の宝庫なのだ。

インターネットを開けば、どの国の事情もどの国の様子も見えてしまう今の時代。でも、臭いは嗅げない。人々が何を話し、何に喜び、何に悲しんでいるかは感じられない。その土地の温度はわからない。風の強さも分からない。

だから、そこに実際に身体を動かしていって、自分の五感で感じてほしい。

不幸感や閉塞感の強い日本から脱走するためではなく、日本に生まれたことが、自分にとってどんな意味を持っているのかを、眼を覆わずに自覚するために。

2010/08/20

なぜ変わらない日本の教育、、、取り返しのつかないこと

来月ユトレヒト大学で講演をすることになっている。市民性教育の専門家たちの企画で、「子育てとその文化的背景」というわけで、ヨーロッパ以外の国々での子育て事情を、その歴史的な背景に照らして問い直してみる、というシリーズ講演の一環だ。

孤独感が極端に大きい日本の子どもたち、それを裏書きするように、不登校の数、自殺率、ひきこもり、いじめ、そして、最近では、ひとりでいるところを食堂で見られたくないからとトイレで食事をする学生までいるというからあきれたものだ。

経済不況で、社会そのものに閉塞感がある、というのは、一つの大きな背景ではある。しかし、日本よりも厳しい経済状態にある国はまだまだ多い。それなのに、大人だけではなく、子どもたちにこんなにも閉塞感が強いのはなぜなのか。直接的には、学校や家庭など、子育て環境にさまざまの問題があることは明らかだ。

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それにしても、今回の講演、頭が痛い。
「そんなにひどいことになっているのに、なぜ制度が変わらないの?」
という問いに、答えを出せ、というようなものであるわけだから、、、、

普通に、民主制度が機能している国なら、こんな状態になるまで放っておくことはないはずだ。

早い話が、「民主社会が作れなかったのです、官僚支配の学校制度のおかげで」という話を、納得できるように伝えなくてはいけないわけなのだけれども、、、。

日本人ですら納得できない日本の教育の現状、どうやって、オランダ人たちに納得させることができるだろう、、、、と頭を悩ましている。

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元来、民主主義を基盤とした近代社会の教育とは、子どもたちを、「批判的にものを考え」「意欲的に参加する」市民として世の中に送り出すことを目的としているものだ。しかし、日本の学校教育は、できるだけ「批判」を避け、あまり元気に「参加」しない人間を作ることばかりに向けられてきた。

そんな日本の学校が、世界に出て、他国の若者たちと共に「議論できない」、他人から反対意見を言われると、しょんぼりして拒絶されたような気分になる人間ばかりを作ってきた。議論もせず、反対意見を言われたときに、自分の主張を曲げずに相手を説得しようという態度に出ることのできない日本人を、西洋の人たちは、理解できない。どう相手にしたらいいのかわからない。だから、いつか看過していくことになる、、、

中国では、この夏、こぞって英語その他の外国語コースが熱狂的に流行したのだそうだ。

日本にも、かつて、高度成長目覚ましい時代があった。あの時、やっておけばよかったこと、今となっては取り返しのつかないことがあまりにも多い。