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2009/03/23

日本型ワークシェアリングはどこまで本気か?

 今日の新聞には、突如として、「政労使合意、7年ぶりに日本型ワークシェア推進」という文字が躍った。
 ついこの間まで、企業も政府も、時期尚早と言っていたと思っていたのに、突然こういう合意が成り立ったらしいが、その間の議論はいったいどう展開してきたのだろう。企業は何を求め、連合は何を求めたのか、今日の新聞だけではよくわからない。そもそも、このワークシェア推進にあたって、「一般の市民」は議論にきちんと参加したのだろうか。日本人の中に、「ワークシェア」が意味することを知っているものは、いったい何%いるのか。その本家本元が、オランダのワッセナー合意と言うものであること(オランダでは「ワークシェアリング」という言葉はつかわれない)、その内容は、それはどういう背景で生まれたのか、そして、その後のオランダの雇用状況はどう変化し、どんな雇用慣行が生まれてきたのか、人々は、それによってどういう生活を手に入れたのか、人々の意識変革との関係は(準備段階での議論とフィードバック)、それを知らねば、どこが、本家のワークシェアで、どこから先が、日本型なのかもわかるまい。

 どの新聞も、政府通達を記者クラブの記者が受け取って書いただけなのだろう、似たり寄ったりで、突っ込んだ内容がない。読売の記事はこう書かれている。

「協議には麻生首相、舛添厚生労働相、連合の高木剛会長、日本経団連の御手洗富士夫会長、日本商工会議所の岡村正会頭、全国中小企業団体中央会の佐伯明男会長らが出席した。合意文書は(1)雇用維持の一層の推進、(2)職業訓練など雇用のセーフティーネットの拡充・強化、(3)就職困難者の訓練期間中の生活の安定確保、(4)雇用創出の実現、(5)政労使合意の周知徹底――の5項目。
 『雇用維持』では残業の削減、休業、教育訓練などで労働時間を短縮し、雇用維持を図ることを「日本型ワークシェアリング」と位置づけ、労使合意で促進するとした。実質的賃下げだとして慎重な労組、賃金体系の組み直しが難しいとする企業の双方に慎重論があるが、政府は失業手当などを助成する雇用調整助成金の拡充で、この取り組みを支援する。「職業訓練」では経営側が施設や人材を提供する一方、政府はハローワークの体制拡充や、訓練や研修の強化を図る。」

 さて、これを読んだ新聞の読者は、果たして、元来オランダの元祖の「ワークシェアリング」というものが、正規雇用とパートタイム雇用の区別をなくして、雇用者と労働者との間で、労働時間を個別に設定でき、同一の労働に対しては同一の賃金体系が適用されるものであるということ、言い換えれば、今、週40時間働いているフルタイムの人は、希望すれば、週32時間労働も、週20時間労働も交渉することが可能になる、あるいは、そういう他の雇用機会に転職できるものであること、また、その代わりに、他方で、フルタイム就業は望まないけれども、働けるだけの時間働いて、家計収入を得たいと思っているパートタイムの労働者には、その就業を正規就業化することによって、週16時間労働、週20時間労働などの雇用機会が創出されること、そういうものだということを知っているだろうか。また、フルタイム労働とパートタイム労働とが、時間数だけが異なるまったく同等の労働機会であることにより、それぞれの労働時間数に応じて、有給休暇、出産・育児休暇、保育手当、失業手当、疾病休暇、年金積立制度への参加、など、これまでのフルタイムの労働者と同等に、比率で保障の対象になるものである、ということを。この記事にある「日本型」とは、そういうオランダの元祖のワークシェアリングに対して、果たして、どれほどの亜流であり、どこがどう違うのか、読者は、労働者は知っているだろうか。

 それを知らされずに、「ワークシェアリング」はオランダの経済回復のきっかけになったとだけきかされるのであれば、それはペテンというものだ。そもそも、オランダの雇用慣行の伝統と日本の雇用慣行の伝統の違いがどこにあるのか、そこから掘り起こされなければ、「日本型」も絵に描いた餅だ。
 
 何より、「ああまたか」の気分で、政府広報を書きとめるジャーナリストたちの頭に、そういう疑問は浮かばなかったのだろうか? ワークシェアリングは、何よりも労働者のためのものだ。ただ、企業が経営に失速しては、国の経済基盤が危うくなり雇用も何も元も子もなくなってしまうから、企業の維持・成長要因を残すために妥協するものだ。エリートジャーナリストたちのように、これからもフルタイムで働く、また、職を失う不安もない人たちには、職に就けない若者や、無休残業に追われたり職を中途で失う中高年労働者などの立場に立って質問する気力もないのではないか。そういう態度や意識からは、ワークシェアリングを支える社会は生まれようがない。

1)雇用維持の一層の推進、というが、企業は、具体的にどういう施策でこれを推進するのか?それは、先進の企業が例示できるものなのか。今回の政労使の合意以後、労働者は、こうした点での施策の提示を要求できるのか、それは法規として定められるのか?

2)職業訓練など雇用のセーフティーネットの拡充・強化とあるが、「など」に含まれる他の具体策は何なのか、就業中の事故や疾病に対する法的保障は?熟練中高年労働者のように、訓練を必要としない労働者の中途失業に対するセーフティネットは何か?雇用に男女差別や年齢差別はなくなるのか?

3)就職困難者の訓練期間中の生活の安定確保とあるが、訓練は誰がどういう資金でするのか、その訓練は、一定の企業内雇用機会と連結して行われるのか、訓練期間に制限はないのか、訓練受講資格は、資格のない就職困難者はどうするのか、訓練は誰が行うのか、大学や専門学校などの機関は、この訓練とどのようにかかわっていくのか。

4)雇用創出の実現とあるが、「雇用維持」が、せいぜい残業の削減、休業、教育訓練などで労働時間を短縮する程度で、「雇用創出」は実現できるのか。オランダのワークシェアリングは、雇用維持の中に、明確に、正規契約労働時間の短縮が含まれていることと、日本型ワークシェアの違いは、ここにあるのではないのか。

 ワークシェアリングは、そもそも、議論と歩み寄りの文化を作り上げた上で生まれてきたものだ。ポルダーモデルという、お互いがウィンウィンの関係をうまく創出していく関係は、関係者が、まず、忌憚なく、要求を出し合い、それを、世の中の人々が、じっくりと耳を傾け、さらに、その議論に参加し、そうして、生み出されてくるものだ。建て前と本音を使い分けず、タブーに踏み込んで議論する意欲をみんなが持っていて初めてできる。

 雇用機会の維持も創出も、職についている労働者とついていない、つきたくてもつけない労働者との間に、互いの事情をくみ取って、富を分け合おう、という歩み寄りの気持ち、連帯して日本社会の存続を守ろうという意識が育たなくては実現不可能なはずだ。

 そういうプロセスを、政府はともかく、労働者も企業も、内部でじっくり話し合ってきたのだろうか。それをこそ、新聞は丁寧に追いかけ、国民の目に曝す役割を負っているのではないのか。

 5番目に、「政労使合意の周知徹底」とある。日本では、何か事が決まると、すべて、政府とつながった官僚が上から管理してくる体制がある。しかし、ワークシェアリングの斬新さは、政府が、労使の間に立って、3者それぞれが当事者となって合意するところにある。であれば、当事者の一つである政府には、管理を任せるわけにはいくまい。それでは、公正さを欠く可能性があるからだ。そのためには、合意書の中に、あるいは、それに付随して、「周知徹底」の方策が何なのか、国民に納得がいく形で、明記しておく必要があるのではないか。

 思いつくままに並べただけでも、ジャーナリストらに聞いてきてほしかったことが、山ほど浮かんでくる。

 とにかく、合意書原文を、一日も早くネットにあげてほしい。そうすれば、議論の叩き台ができる。

 願わくは、このアクションが、現政権の最後のイメージづくりに終わり、政権交代とともに、またもや、ポイ捨てされることがないことを祈る。なぜなら、現在の日本の経済危機を救える、数少ない方策の一つが、ワークシェアリングであると思うからだ。その大事な方策を、もっと大事に導入してほしい。もっと、国民規模の議論を起こしてほしい。マスメディアの自覚が望まれる。この日本の危機を本気で救いたいのならば、今日のニュースに続いて、国民の声を引き出しながら、徹底した紙上や公営放送の場での、3者の立場を公平にメディアに乗せた議論が、続けられるべきだと思う。そうしてこそ初めて、他国に誇れる「日本型」ワークシェアリングの実現、そして、その成果を生み出すことが可能となるはずだ。